魅惑への助走
 「葛城さん」


 私をそっと抱きしめる腕をたどり、這うように唇を求めた。


 「もっと強く抱いて」


 ぬくもりを与えられることだけを求めているわけではない。


 『Vengeance』で佐藤剣身が披露する以上のことをこれからしてほしくて、何もかも忘れてしまえるくらいに溺れたい……。


 シャワーを終えてから体に巻いていたバスタオルを自ら脱ぎ捨て、一糸まとわぬ姿で葛城さんを誘う。


 「もしかして明美って、AV女優願望ある?」


 作品の中でAV女優が相手役男優を誘うように、積極的に求める私の頭を撫でながら葛城さんが苦笑する。


 「ただ溺れてしまいたいだけ」


 はっきりと告げる。


 「……昔の男が主役を務めるアダルトビデオを鑑賞して、身も心も濡れるくらいにそそられた?」


 「そういう訳では、」


 「……あいつに抱かれていた時のことを、思い出した?」


 「全然……」


 「忘れたふりなんてしなくていいよ。あの男だってきっと、明美を抱いていた時のことを思い出しながら、AV女優を相手に演じてるはずだから」


 「上杉くんが?」


 「あいつは間違いなく、明美に見せ付けるためだけにカメラの前で裸になり、AV女優と性行為を披露している。……それが彼なりの復讐」
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