魅惑への助走
 ……。


 「そろそろ、子供ほしいな」


 ピロートークで敬語を放棄する私は、葛城さんにねだる。


 「そうだね。そろそろ……かもね」


 今までは私の申し出を、ずっと笑顔ではぐらかしてばかりだった葛城さんが。


 この夜は私に協力的だった。


 このまま無事に妊娠できればいいのに。


 心の奥から強く願った。


 子供がほしいと、また強く願い始めた。


 子供が生まれれば、子供を愛し夢中になることができ、それ以外のことを顧みる暇などなくなるような気がしていた。


 子供を産み育てることが第一優先となり、個人的な欲望を我慢できるようになり、いや我慢せざるを得なくなり、軽い気持ちで人生を選び直すことなどできなくなると思っていたから。


 つまり……自分の本当にやりたいことにもう一度チャレンジしてみたいという衝動を、子供を理由にして抑えることができるようになると信じていたからだ。


 葛城さんとの間に子供が生まれたら、きっともう余計なことなど考えられなくなる……。
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