魅惑への助走
 体を離し、それぞれ眠りに落ちた後も。


 いや、正確には私は眠ることができずに、真夜中過ぎまでずっと時を重ねていた。


 静けさに包まれた寝室に、時計の秒針の音だけがやたら響いているように耳に届く。


 さっきまで寝ていたせいか、今になって目が冴える。


 そして佐藤剣身の残像が私を脅かす。


 ……最後に上杉くんを見たのは、別れのあの日。


 確かクリスマス。


 部屋を出て行く直前に目にした、切ない横顔。


 あれからもう、かなりの時が流れた。


 AV男優・佐藤剣身となった上杉くんは、まるで別人のようで……。


 榊原先輩の話によると、私と別れてから必死で勉学に励むものの、結局上杉くんは司法試験に不合格。


 その後貯金も底を尽き、最後の手段ということでSWEET LOVEに足を踏み入れた……という展開は、AVのデビュー作のあらすじとほぼ同じ。


 私への恨みを原動力に、上杉くんは佐藤剣身へと変身した。


 昔から外見はいい素材だったけど、どちらかといえばファッションには無頓着で、髪型も適当で服も量販店で安いものを買っていた。


 さっき「佐藤剣身」となった姿をちらっと見た感じ、以前よりかなり洗練されている。


 SWEET LOVE初の専属男優としてデビューするにあたり、社を挙げて素材を磨き上げたのだろう。


 まさか……整形?
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