魅惑への助走
***


 「えっ、整形?」


 榊原先輩は驚きのあまり、フライドポテトを落としそうになったものの、


 「まさか。整形になんか手を出す必要のない素材だから。あの佐藤剣身は」


 はっきりそう言い切った。


 「でも、あまりに印象が違いすぎるんです。……私と付き合っていた頃とは」


 「明美ちゃん」


 「確かに元々、容姿はそこそこ恵まれていたと思います。でも佐藤剣身になってからの姿はあまりに……」


 しばし沈黙に包まれた。


 居酒屋店内のざわつきとBGMが耳に飛び込んでくる。


 「……明美ちゃんは、市川雷蔵(いちかわ らいぞう)って俳優知ってる? 何人か同じ名前の人がいるんだけど、私が言及してるのは確か八代目かな」


 「名前だけはどこかで。確か歌舞伎役者出身の人ですよね。二枚目俳優として有名な」


 「そう。私の生まれる前に亡くなっている人で、ほぼ伝説上の人物って感じかな。この市川雷蔵って、普段は地味なサラリーマンって風貌なんだけど、メイクを施してカメラの前や舞台の上に立つと、一変して華やかなスターの輝きを身にまとったんだって」
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