魅惑への助走
 「……バカみたい」


 私はシーツに包まりながら、くすっと笑ってしまった。


 佐藤剣身に抱かれたい?


 一瞬でもそんなことを思い描いた自分が、可笑しくてたまらなくて。


 昔のことは、もう過ぎてしまったこと。


 あんなに好きだったのに、好きなだけでは立ち行かない生活に嫌気が差して気持ちは冷めて。


 挙句別の人に心を移して、別れを切り出したのも私が先。


 佐藤剣身もそれに勘付いていて、私を憎んでいる。


 もう元になんてお互い戻ることはできないんだし、そんなこと考えるほうがどうかしてる。


 私は一刻も早く眠りに落ちようと、ベッドの中一人目をつぶって静かにしていた。
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