魅惑への助走
 ……今夜こそ、妊娠したような気がした。


 あと十ヶ月とちょっとで、私は母親になっているだろうという未来を想像してみた。


 最近葛城さんも、子供が欲しいという私の希望に協力的で。


 気ままな夫婦二人きりの生活もいいけれど、子供を産んで安定したいという私の気持ちを尊重してくれるようになっていた。


 私が子供を望むのは、子供が好きだとか、葛城さんに自分の血を引いた子供を産んであげたいとかそういうことよりもむしろ。


 子供を得ることにより責任感が生じ、育児や子育てへの義務に自分を縛り付けてしまいたいと願っていたからだ。


 そうすればもう……余計なことを考えたりする余裕もなくなると思って。


 「葛城さん……」


 抱かれた後、眠る前に腕を葛城さんの胸に伸ばす。


 この人が変わらず私の側にいてくれることを確かめる。


 ずっとこうして、この人の側にいたい。


 そのためには、余計な夢はさっさと摘み取ってしまわなくてはならない。


 AV業界に復帰して、佐藤剣身を主役に据え好きな作品を制作してみたいなどという大それた夢は、もう見ないようにしなければ。
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