魅惑への助走
***


 「えっ、見学したい?」


 直接オフィスに押しかけて、思わぬ要求を告げる私に松平社長は戸惑う。


 「明美ちゃんはOGだし、ライバル会社の偵察部隊ってわけでもないから問題はないけれど、でも……」


 そう、今日は佐藤剣身の新作の撮影日。


 佐藤剣身が私の元カレであることを知っている社長や榊原先輩は、私の真意を計りかねて顔を見合わせている。


 「剣身くんの了解も得ないと。男優は本番中、集中力を擁するしデリケートなものだから」


 演技への集中を妨げる要素が出現し、本番行為が不可能となり、撮影に支障が生じてはまずい。


 撮影はスタッフ大勢に囲まれ、時には同業者であるAV男優や女優が見学していることもあるため、人目が気になって本番行為できなくなっては男優失格。


 ただし元カノ臨席とあっては、事情が違うかもしれない。


 断られたら私は、あきらめて帰宅せざるを得ない。


 「別に……。俺は構わないですよ」


 佐藤剣身はすんなりOKを出した。


 「いずれこの現場は商品となり販売され、遅かれ早かれ誰にでも見られることとなるんですから。別に気にしません」
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