魅惑への助走
 この現場の主役である佐藤剣身の許可を得られたため、私はここに居続けることができた。


 「何かお手伝いできることありますか」


 スタッフは撮影前の準備で大忙し。


 SWEET LOVEはスタッフを必要最小限しか雇っていないため、松平社長も榊原先輩も一人何役もこなして動き回っている。


 昔の習性で、じっとしてはいられない。


 ついスタッフに混ざって私も、小道具の設置や運搬などお手伝いを始めていた。


 ……そもそも私がなぜ、SWEET LOVEの撮影現場に現れたかといえば。


 結局のところ、自分を止められなかったというのが正しい。


 あんなにSWEET LOVEへの未練を断ち切ろうと、主婦としての自分の現状に満足しようと決意したはずなのに……。


 葛城さんはまた出張で、今度は一週間近く家を留守にすることとなった。


 出発前に繰り返し愛を確かめ合い、満たされた思いのまま留守を守っているつもりだった。


 しかし……。


 携帯小説のほうの締め切りが迫ってきているのに、依然として執筆が進まない。


 スランプ。


 頭が真っ白。


 自分の全く好みではない男を相手役に据えて、本意ではない物語を描き続けることに改めて限界を感じた。


 そして気分転換に、再び佐藤剣身のDVDに手が伸びた……。
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