魅惑への助走
 「でも、離婚することによって私が不正に公的な利益を享受するわけではないんだし、偽装離婚というカテゴリには当てはまらないのでは?」


 「籍だけは抜く。書類上は俺たちは他人になる」


 その時葛城さんは、私を強く抱き寄せた。


 「だけど関係が途絶えるわけではない。結婚する前の関係に戻るだけだ」


 とりあえず、私はSWEET LOVEの通勤圏内にマンションを借りる。


 敷金礼金の問題もあり、全て葛城さんが費用を負担してくれた。


 「どうせ週の半分以上は留守で、明美に留守番ばかりさせていた。これからは互いの予定がない時に、それぞれのマンションを行き来しよう」


 普通は「恋人」という関係を経て、やがて「夫婦」へと移行していく。


 ところが私と葛城さんは夫婦から恋人へと、通常とは逆の道を辿ろうとしている。


 夫婦関係は終わりを告げても、その後も今の二人の関係を続けようとの提案。


 「ただしそれも条件付かな。いつしかどちらかが別に好きな人ができたら、その時はおとなしく身を引くことにしよう」


 「葛城さん、私に気を遣わなくてもいいんですよ。きっとすぐに素敵な人に巡り会えると思いますし」


 「俺は別に、別の女が必要だとは思わない。明美のほうがむしろ……。佐藤剣身への気持ちが甦るのは時間の問題だろう」


 「まさか」


 今さら。


 あり得ない。


 思わず私は苦笑した。
< 663 / 679 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop