魅惑への助走
***


 次の日の午前中。


 居住する区の区役所へ、二人で出向いた。


 葛城さんの車の助手席に座り、環状線をスムーズに走行し区役所の駐車場へ。


 地下駐車場に入り、車から降りてエレベーターで一階窓口へ。


 離婚届はすでに、必要事項全て記載済み。


 あとは提出するだけだった。


 「後悔……しないね」


 「はい」


 書類を手に、頷き合う二人。


 何も知らない周囲の人が私たちを目にしたら、これから婚姻届を提出しようとしている幸せそうなカップルと思い込むかもしれない。


 玄関付近は一面のガラス張り。


 ガラスの向こうから太陽の光が降り注ぎ、私たちを優しく照らしている。


 これ程までに和やかな表情を浮かべている私たちが、離婚届提出を間近に控えた夫婦の最期の瞬間だとは誰も思うまい。
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