魅惑への助走
 「もう後戻りはできない。後になって泣きついても、どうすることもできないよ」


 「自分で決めたことですから……。泣きついたりしません」


 「たとえ失敗しても、自分の人生だから責任を持って、」


 「絶対に成功してみせます」


 強く誓う私に対し、


 「甘く見たらだめだよ。朱美の成功を評価するのは、明美自身じゃない。明美を雇ってくれる職場であり、明美の作品を鑑賞したり購入してくれる、無数の見知らぬ人たちだ」


 いつも私には優しいところしか見せず、散々甘やかしてくれた葛城さんだったけど。


 この時は非常に険しい表情と口調だった。


 私は思わず息を飲む。


 思いのままに次の行動に移りがちな私に対し、社会の厳しさを忘れないようにとの戒めだ。


 私がいくら頑張っても、一人きりではどうすることもできない。


 私の成功を支えるのは、これから私を雇ってくれるSWEET LOVEであり、私が発表するであろう作品を楽しんでくれるファンの人たちだ。


 それを忘れてはいけない、と。
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