魅惑への助走
 「こんなに一方的に引退表明されて。損害賠償を請求したいくらい」


 もちろん笑いながらだけど、梨本さんがチクリと。


 しばらく考え直すよう説得を受けたものの、私の決意が固いことを悟った梨本さんは、ついに譲歩した。


 「絶対に……、後悔しない?」


 葛城さんに離婚を切り出した際と、同じことを尋ねられた。


 「はい」


 「仕事や主婦業の合間に執筆している人もたくさんいるんだけど、明美ちゃんはそれはどうしても無理?」


 「掛け持ちは……、両方とも中途半端になってしまうのが明白ですので、申し訳ないのですが……」


 SWEET LOVEで製作に携わるには、まさに全身全霊を注ぎ込まなければならない。


 命を削るくらいに、作品に命をかけなければならなかった。


 少なくとも以前、SWEET LOVEで働いていた頃はそうだった。


 帰宅後気持ちを切り替えて、携帯小説家としての活動を行なう……という未来図は、どうしても考えられなかった。
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