魅惑への助走
 「こんな時に、悪い冗談はやめてよ」


 「梨本さん、また小説書いてみればいいじゃないですか」


 「無理だって。もう何年も書いてないんだから」


 「私もAVの仕事したりその後結婚したり渡英したりと、何年もブランクがありました。しかも携帯小説は初めての経験だったにもかかわらず、梨本さんのおかげで一定の成果を収めることができたのです」


 「それは、明美ちゃんが文才あったから」


 「話のネタはほとんど梨本さんが提供してくれました。これからは他人にアイディアを提供することなく、梨本さん自身で書けばいいのです」


 「……」


 午後から夕方へと移り行く時間帯。


 学校帰りの高校生の集団が入店し、店内ざわついていた。


 しかしながら私たちのテーブルは、しばし沈黙に包まれている。


 「私が書いた小説、あちこちコンテストに応募しても箸にも棒にも引っかからなかった話、初めて会った時にしたよね?」


 ようやく梨本さんが口を開いた。


 「はい、昔の私と同じ体験してたんですねって。それがきっかけで私、初対面の梨本さんに打ち解けることができたのです」
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