魅惑への助走
 「でも私、もう年だし。才能ないし。編集するのと実際書くのって、全然違うんだし……」


 「年齢は、関係ありません」


 「あと私は、表舞台に立てる存在じゃなって自覚してる。子供の頃から裏方とか、縁の下の力持ち的な役割が多かったし」


 梨本さんは様々な理由をつけて、一歩踏み出すのをためらい続けている。


 携帯小説作家には中高年世代も多く、私とさほど年齢の変わらない梨本さんが「もう年だから」とあきらめてしまうのはナンセンス。


 才能は……。


 携帯小説界においては、才能と結果が必ずしも一致しないのは、私の例を見ても明らか。


 「magic theaterの名物編集者として、頂点を極めるのも一つの生き方ではありますけどね」


 自分の意見をごり押ししても反発を招くかもしれないので、ここで一歩引いてみる。


 「夢を追求することで大損するとか、命に関わることじゃないし、ここは一つチャレンジしてみては? それに携帯小説作家は、大多数が匿名の存在です」


 私も最初から最後まで、詳細なプロフィールは非公開のまま活動ができた。


 「……magic theater編集部に突然異動となった際は、全く予備知識もなかったし、最初戸惑いばかりだったけど。今は携帯小説が大好きになって、これを一生の仕事としたと願うくらい」


 梨本さんは熱く語る。


 「でもいつまでも続けられないんだよね、きっと。うちの出版社、数年で辞令が出るから。いずれまた別部門に異動となるはず。次は全く別の部署だと思う」
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