魅惑への助走
***


 「ただいま」


 誰もいない部屋に帰宅し、習慣でただいまの挨拶をする。


 当然反応はなく、電気をつけるとそこにいるのは、UFOキャッチャーでゲットしたぬいぐるみや象の貯金箱くらい。


 1LDKの部屋。


 あるのは最小限の家具と、小説執筆に使うパソコン機器程度。


 本は場所を取るので、極力買わないようにして、読みたくなったら近所の図書館か漫画喫茶まで出向く。


 何度か引っ越しはしたけれど、大学入学と同時に上京して以来、ずっとこのような1LDKの部屋での一人暮らし。


 もう慣れているので、寂しいわけではないものの。


 一日中着たままだった、体のラインを強調したスーツを脱ぎ。


 シャワーを浴びて、寝る準備をする。


 飲み会が延々と続いたので、とっくに日付は変わっているどころか、もう午前三時近くになっている。


 当然すでに電車は動いていない。


 「私が強引に連れてきたから」


 榊原先輩がタクシー代を出してくれようとしたけれど、


 「今日は一種の“会社訪問”だから、うちの会社の経費ということで」


 松平さんが払ってくれた。
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