魅惑への助走
 「あ」


 バスルームを出て、バスタオルで濡れた髪を拭いながら居間兼寝室に戻ってきた時。


 充電中の携帯電話に、メールが二件届いているのに気がついた。


 AV撮影現場に着いてから、真夜中まで続いた飲み会を経て帰宅するまで、電源を切ったままだったのを忘れていた。


 メールの一件はバイト先の仲間からの連絡で,もう一件はあの編集者の男。


 「次の打ち合わせの件だけど」


 打ち合わせとは名ばかりで、ホテルの一階にある喫茶店でお茶しながらあれこれ執筆について語った後。


 そのまま上の階に予約されている部屋に、移動するパターン。


 デビューをちらつかせつつ、私の体が欲しくなったらこうして連絡をよこしてくる。


 しばらくこんなことが続いている。


 あてのない闇のような日々。
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