魅惑への助走
 昼間は体温レベル、最高気温36度に到達した猛暑日で、夜になってだいぶ気温が下がってきたとはいえ、


 「25度以上あるね。熱帯夜だ」


 黙っていても汗がじんわりと拭き出してくる。


 Tシャツが肌にまとわりつく。


 夜になっても木に集まったセミが鳴いている。


 「ありがとう。ここで電車に乗るから。気をつけて帰ってね」


 上杉くんの駅に程なく辿り着いた。


 「もうあと五分くらいだから。人通りも多い所だし大丈夫」


 最終列車には間に合った。


 「今日はごちそうさま。いずれ出世払いで、」


 「あ、出世払いしてもらうために、連絡先聞いておいていい?」


 「そうだった。忘れてた」


 話に夢中になって、携帯電話の番号やメールアドレスなどの連絡先を控えておくのを忘れていた。


 「また音信不通になっちゃうところだったね」


 上杉くんは苦笑いしながら、連絡先を教えてくれた。


 「……また、食事に誘っていい?」


 ふと尋ねてみた。


 「是非是非。受験勉強ばかりで退屈してたから。また会おう。あ、今度はワリカンでね」


 上杉くんも同意してくれた。


 熱帯夜の夜。


 記憶から消えかけていた高校時代の同級生との、突然の再会だった。
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