魅惑への助走
***


 「ただいま」


 誰も待つ人のいない部屋に、今日も一人戻った。


 日付が変わる、ギリギリ手前。


 日曜の夜恒例の、大河ドラマが始まる頃には帰宅する予定で、その時間帯に合わせてエアコンのタイマーを設定していた。


 ところが不意の上杉くんとの再会で、帰宅時間が予定していたよりはるかに遅くなったため、すでに部屋は涼しくなっていた。


 七月上旬、まだ夏も始まったばかりだというのに、今日は異常な暑さだった。


 今からこの調子だと、この夏はいったいどうなることやら。


 猛暑における最大の心配事は、夏バテもそうだけど、それ以上にエアコン使用に伴って電気代が高くつくことだ。


 ……頑張っていい作品を書いて、稼ぐしかない。


 通常勤務分の固定給の他、DVDの売り上げに応じて収入があるので、売れれば売れるだけお金がたくさん得られる。


 SWEET LOVEの正社員になってからこのマンションに引っ越しをして、もう一年と数ヶ月が過ぎた。


 1LDKの狭苦しい生活から解放され、より交通の便の良い場所で、2LDKの広々した部屋を満喫している。
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