ひゃくぶんの、いち。
「転けそうになったら左手で庇うんだよ?絶対。ああもう、心配!」
「大丈夫。お姉ちゃんじゃないから」
「そうだよね!千華はあたしと違って回りを見て歩くから転けないか!」
久しぶりの靴に足を通して、段差の下から姉を見上げる。
黒く光るローファーに埃が被っていないのも、綺麗に磨かれているのも、きっと姉のお陰なのだろう。
言えなくて後悔したことを頭の隅に浮かべながら、お礼を口にしようとした時。
細くて、華奢な姉がどこにそんな力があるのか問いたくなるくらいに強く私を抱き締める。
「千華、ごめんね…」
「んーん。お姉ちゃんのせいじゃないよ」
事故に遭った日、隣にいた姉がずっと私に負い目を感じていることは知っていた。
庇ったわけではないけれど、右側を歩いていた私だけが怪我をして、姉は無傷で。
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのも、やたらと私に過保護になったのも、事故の一件からだ。
何度も言ったでしょう。
誰のせいでもないって。
「髪、ありがとう。頑張るね、私」
私よりも少し逞しく、けれど小さな背中を二度撫でて、姉の腕から抜け出す。
泣きそうに顔を歪めて笑いながら、姉は私の背中を押した。