公爵様の最愛なる悪役花嫁~旦那様の溺愛から逃げられません~
決意。恋ではなく、これは戦いの始まり
◇◇◇
町のメインストリートから離れた見すぼらしい住宅街に、この鄙びた二階建ての宿屋が建っていた。
裏庭には二十枚のシーツと枕カバーが、西に傾き始めた太陽を浴びて、はためいている。
清潔に乾いたそれらは優しい香りがするので、洗濯物を取り込む作業が私は好きだ。
手にしたシーツの匂いを嗅いで口元を綻ばせた後は、丁寧に畳んで木の皮で編み込まれた大きな籠の中に入れていった。
すべての洗濯物を籠に入れ終えると、まるでそれを待っていたかのように、建物の陰からひとりの若い男が現れる。
「やあ、クレア。今日も美しいね。約束通り、持ってきたよ。君が欲しいと言ったカメオのブローチだ」
両手に抱えていた籠を草の生えた地面に下ろした私は、彼と向かい合い、贈り物を受け取る。
白大理石を浮き彫りにしたブローチのモチーフは、美しい女神とバラの花。
男は私が喜ぶだろうと予想して、まだ私の表情が変わらぬうちからニヤついていた。
彼はこの町の支配者、ゲルディバラ伯爵に仕える兵士で、枯れ草色をした詰襟の兵服の腰には、鈍色の鞘の剣が差してある。
私のところへ来るときは、剣を置いてきてと言ったはずなのにと、不愉快な思いが込み上げた。
兵士の剣は暴君を守るためのものであり、つましく暮らす善良で哀れな民を脅かす存在でしかない。
だから剣は嫌いよ。
武器よりも鋤や鍬を手に、畑を耕すべきだわ。
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