小さなポケット一杯の物語
私の心臓が娘の中で生き続ける事が出来るならこんなに幸せなことはありません。
私は男の言う通りに検査を受け、ドナーカードを作りました。
後は、あなたと会って、地震での事故で脳死となった私を茜の元へ連れていってもらうだけです。
大丈夫です。茜は必ずや助かります。
茜はもしかしたら家族の温もりを知らないかもしれません。
私に出来なかった事を君に頼むのは酷かもしれないが、どうか茜にそれを感じさせてあげて下さい。
君が茜の伴侶で本当によかった。
娘をよろしく頼みます。

   井野芳隆

私は、その便箋を畳むとまた胸のポケットへしまった。
手術中のランプはまだ真っ赤に点灯していた。
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