無意確認生命体

私が美智の答えに途惑ったのは、別に志田が図書室へ行ってしまったのが悲しくて落ち込んだってわけではない。

ましてや美智が言うような、志田が柏木と同じ穴のムジナだなんてことは思わなかった。

ただ、志田が官能小説に興味を持ったっていうのが意外で、同時にそんなふうに考えている自分がもっと意外で、頭の中が真っ白になってしまったのだ。


志田が柏木と同じような、サカリのついた犬のごとく、腰を振ることを優先する奴じゃないってことは、私が一番激しく痛感していた。

志田と出会ってこっち、ひと月ほどのあいだ、私たちはほとんど毎日のように顔を合わせていたし、放課後はふたりきり、密室と変わらない場所で、短くない時間を何度も過ごした。

そして志田はその間、一回だって私や美智にそういう感情を、垣間見せることは無かった。

そもそも何故かは知らないが、私はあいつに対してそういう警戒心を持つことさえ初めっからなかったのだ。


だからこそ、今になって、そういうものに興味を示す志田が意外だったのだろう。

でも同時に、今まで自分の中で意識せずさらっと流してしまっていた、あいつへの根拠の無い万感の信用がまた意外でもあった。

考えてみれば、志田が私に無闇やたらと欲望をぶつけないのは、人として当たり前のことだ。

それを理由に、あいつが性欲を持っていないということにはならない。

そんな極端な受け止め方を勝手にしていた、自分の危機感の薄さに驚いていた。


何を根拠にこんな馬鹿な思いこみを?

私は志田が不能者か、同性愛者だとでも思っていたんだろうか?

そんなはずない。

志田だって、年頃の男性には違いないっていうのに……。



志田が今日に限って見せた私にとって不可解な行動に私は思ったよりも動揺させられたらしく、さっきせっかく晴れかけた焦燥感は、再び黒々とした暗雲に包まれてしまうのだった――。

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