無意確認生命体
「……は、はぁ、は、はあ、はぁ……」
私は家までの帰路をこんなに長く感じたのは初めてだった。
登校時、ほぼ一直線の下り坂なら、当然だが帰りは上り坂になる。
そこを全力疾走して家まで保つはずもなく、私は途中に立っている一本の電柱に手をつき、へばってしまっていた。
辺りはもう大分暗くなってきていた。
それにつれて、さっきの手が追いついてくるのではないかと言う恐怖がどんどん膨らんでいく。
一刻も早く家にたどり着きたいのに、足が動かない。
一歩でも先に進みたいのに私の足は、がくがくと震えるばかりで言うことを聞いてくれない。
電柱に明かりが灯る。
それはまるで「アイツ」に私の場所を教えてしまうような気がして、とても恐ろしかった。
「は、……く、はぁ、ぁぐ……はぁ……」
ここにいたらいけない。
せめて、せめてこの明かりの届かないところまで進まなくちゃ……。
震えるだけの役立たずな自分の足を、引きずって無理矢理動かす。
自分でさっき吐きだした汚物を踏みながら、電柱から身を離した。
くらっと目眩がした。
それでも、倒れているところを「アイツ」に見つかる恐怖を思うと、意識は途切れることを拒んだ。
『――チリン、チリン』
反射的に肩が震える。
後ろから自転車のベルの音。
こんなものにまで今の私は脅えてしまうのか。
ふらつきながら、何とか道の端に身を寄せる。
すると、
「あれ? しぶちん?」
聞き慣れた、何もかもから私を解放する、暖かい声を聞いた。
「ど、どうしたのそれ!血!服も!ドロドロじゃん!」
美智……美智……みちっ……!
その、絶対的な全ての終わりの確信を見つめながら、私は糸が切れたようにその場にへたり込み、顔をくしゃくしゃにして、涙をながした。