無意確認生命体
私はついに意を決して立ち上がると、少しぎくしゃくした足取りで彼女の席へ近づいていき、


「な、なに、読んでるの?」


と、後ろから声をかけた。

彼女は最初、突然(しかもほとんど話したこともないような相手に)声を掛けられて、驚いたような顔で私を見たが、すぐに表情を崩すと、

「あぁ、これ? 近江さん、『ハトクロ』って知ってる?」

と、笑顔で返してくれた。

『ハトクロ』とは、『ハートとクローバー』という少女漫画の略称だ。

「あー、うん。美智が持ってるのを読んだことある」

「あ~。近江さん、辻ちゃんと仲良いもんねえ。――あ、それでね、これは今日発売の最新巻。朝、学校来るときコンビニで買ってきたんだ。今まだ途中なんだけど……、読み終わったら貸そうか?」

浅瀬さんは、なかなか明るい、いい人っぽい印象の子だった。

「ううん。私、一巻しか読んでないから。その前の展開がわかんないよ。あの、私ね、美智の家行ったら、大抵あの子のオモチャにされちゃうからさ、本なんてまともに読ませてもらえないんだよ」

「へ? あっはははは! あぁ~。学校でもそんな感じだよねえ、ふたりとも。あ、そうそう。辻ちゃんと言えばさ、……あー。えーっと、こんな事訊いちゃって良いのかな?」

「え、何? いいよ。なんでも訊いて?」

浅瀬さんは読んでいた単行本を閉じると、少し声を潜めがちにして続けた。

「んー。ゴメンね。単なる好奇心だから、答えにくかったら無理しないでね。こないださ、あの例の連休明け。柏木のこと締め上げてたじゃん? 近江さんに迫ったって言って。あれって、マジなの?」


あぁ、そのことですか。

そう言えば、隣の席の佐藤さんにも同じ事訊かれたなぁ。

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