海に降る恋 〜先生と私のキセキ〜
授業や訓練で使うテキストは私が勤める会社で、パソコン関係の参考書は帰りに立ち寄った書店で何冊も購入した。


授業に立つまでの日数に余裕が無かった分、色んな事を早く習得する必要があった私は、


テキストの中に書かれている言葉や、説明しなければならない内容を、調べては補足として書き込んでいき、実際にパソコンで動作確認をするという作業をしていた。


この一連の作業は、自分が説明している様子をイメージしながら行なっていた為、


『大和がいる部屋では集中出来ない。』


そう感じたからこそ、自分の部屋で、1人でその作業を行うことにしたのだった。


特に約束をしていた訳ではないけれど、

夕飯を作るという予定を変更したことは、大和に申し訳ないと思っていた。


だけど、今やっている事は“仕事”だから。


自分の為、そして生徒さんの為の勉強は、講師という仕事の中では必須の“準備”という名の“仕事”。


どうしても、手を抜くわけにはいかなかった。



プルルル…



バッグの中に入れっぱなしにしていた携帯電話の着信音が聞こえてきたので、私は作業の手を止めた。


「もしもし?」

「あ、さく?俺。」


電話は大和からだった。


時計を見ると、時刻は21時を回っている。

作業を始めてから、既に2時間以上が経っていた。


「今、仕事終わったの?」

「うん、これから帰るとこ。さくは今どこ?」

「自分の家。」


私が自宅にいる事は特別珍しくないのだけれど、

電話の向こうから「ふーん」という大和の相槌が聞こえた。



「夕飯は?」

大和は、当然出来ているものだと思っていたのだろう。


「適当に食べたの。」

「俺の分もある?」


当たり前のように彼が言ったその言葉に、


「ごめん、ちゃんと作ってないから…。」

「…そうなんだ。」


電話の向こうで、大和がムッとしているのだと感じた。


『どうせ食べるなら、どうして俺の分も作ってくれなかったんだろう。』

そう、不満に思っていたに違いない。
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