海に降る恋 〜先生と私のキセキ〜
「あぁ、緊張する…。」

自分の席に座っていた私は、落ち着かない様子でテキストをペラペラとめくった。


行ったり来たりしているそのページの内容は、目に入っていても、この時の私の頭の中にまでは入らなかっただろう。


当然、前日までの間に何度も読んだし、そんなに難しい内容は書いていないはずなのに、


『きちんと説明できるだろうか。』


そう思うと不安でたまらなかった。



「大丈夫よ!河原なら出来るから。うまくやろうと思わなくていいから。」


そう言って、そわそわしている私を見ながら椎名先生は笑った。


「分かりました。私、土壇場で強くなるタイプなので失敗覚悟でいきます!…でも、やっぱり出来れば失敗はしたくないけど…。」


シャキッとしたり、不安で顔を曇らせたり、表情をクルクル変えている私に、


「失敗して成長するのよ?」

「私なんて、どれだけ赤っ恥を書いた事か。」

「泣きながら“このまま私に担当させて下さい”ってお願いした事だってあるんだから。」


と、他の講師達も口々に自分の経験を語り、私を励ました。

みんな何度も失敗を乗り越えて、今に至っているのだと感じた。


「もうすぐ生徒さん、いらっしゃるわね。」


そう言って時計を見た椎名先生に続いて、私も時計を見てみると、

時刻は授業が始まる10分前。もう、いつ来てもおかしくなかった。



「おはようございまーす。」

ドアが開く音と同時に、一人の生徒さんが入ってきた。


「河原、いらっしゃいましたよ。」

そう言って、椎名先生が目を向けた先にいた方が、今回私が担当する生徒さんだった。


私が講師として初めて担当させていただく生徒さんは、穏やかそうな雰囲気を漂わせるご年配の女性だった。


入ってきたその生徒さんは、いつも通りの様子で上着をハンガーにかけると席に座った。


パソコンの電源を入れたり、テキストを出したりと、着々と準備を始める生徒さんを見ながら、

私は自分のデスクでトン!と、テキストと沢山の事を書き込んだノートを揃えると、


「行ってきます!」

そう小声で、でも力強く椎名先生に言った。
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