いちごのきもち
§11:テスト前ですから
本当はね、いつも思ってる。
テスト前だからって、みんなで集まって勉強するの
あんなの、本当に勉強になってるわけないって。

今回のみんなで一緒に勉強計画、
最終的に、私とこの人を含めて総勢8名
こんな大所帯で、図書館のフリースペースに押し寄せて
一体、何を勉強するっていうんだ、
勉強になんて、なるわけないだろ

入学試験で学年トップ、新入生代表の挨拶もした酒井地蔵さまの降臨に
さすがの高梨愛美ときららも
今回ばかりは酒井にまとわりついている。
一樹まで、『毎日何時間勉強してるの?』とか
まぬけな質問してる。

「うわー、酒井効果、すごいね」

その一樹たちの対応の変化に、
大希くんも驚いている。

「ちゃんと、勉強するからって
 酒井くんを説得したから」

「うん、ありがと」

この人を連れ出すためだから、仕方がない。
手段なんて、選んでられない。
おかげで感謝されたし、話しも出来た。
酒井大明神、ありがとう。

「ちゃんと勉強、しないとね」

隣を歩くこの人が、
私を見下ろして、ふっと笑う。
もちろん、勉強するさ
当たり前だ

「で、横山さんは、無理矢理俺を呼び出しといて
何の勉強するの?」

「古文が苦手って言ってたから、
 まずは古語の暗記か
 現代語訳を一読した方がいいと思う」

「……なるほど」

「古文とか漢文って、
 原本のあらすじとか
 登場人物知ってるだけで
 理解が全然ちがうから」

「そうだね」

ため息をつかれた。
なんだろう、間違ったことは
言ってない。

図書館では、
松永が急遽スマホで手配した
個室を確保することが出来た。

「ま、さすがに人数多いからね」

優秀な従者よ
私が見込んだだけのことはある。

テーブルの上に、酒井大明神秘伝のノートが開かれる。
その後光さす、ありがたい経典は
私の想像以上の絶大な効果を発揮した。

全員が、必死で酒井のノートを写している。
確かに、ただの板書を書き写しただけではないそのノートは
天竺へ行ってでも、手に入れたいシロモノだった。

酒井さまは、涼しげな顔で御本を読んでおられる。
テスト範囲を写経するだけでも
かなりの労力が凡人には必要だった。

「あー、ちょっと休憩、
 ジュース買ってくるわ」

あの人が言った。

「横山さんも、一緒に来る?」

肩肘ついて、そう声をかけられて
この天使のほほえみに
どうして逆らうことができようか
いや、逆らうことなど出来ない。

「はい、行きます」

二人で部屋を出て、ロビーへ向かう。
それぞれの注文をとったメモを片手に
自販機の前に立つ。

「なんかさ、本当は、俺に話したいことが
 あったんじゃないの?」

ガタンとオレンジジュースのボトルが落ちる。
これは従者、松永の注文。

「今回ここに勉強っていって誘ってきたのも、
すごい、こじつけ感あったし」

コーラは、一樹。

「言いたいこととか、聞きたいことがあったら
 いま聞くよ」

女子は全員お茶

「川本くんは、何を買うの?」

「俺? 俺は……」

長い指の先が、ミルクティーのボタンを押す。

「川本くんは、そういうのが、好きなんだ」

「うん」

覚えておこう。
今回は、恥ずかしいから、同じのには、しないけど
次は私もそれを買う。

自販機から取り出したペットボトルを
抱えて立ち上がった。

「話しは、もう、いいの?」

「話し? 話しって?」

「なにか、他に、用はなかったの?」

「え? だって、テスト近いし
 早く戻って勉強しないと。
 多分、今日しか、酒井くんつきあってくれないだろうし」

「まぁ、そうだね」

「もう、全部写した?」

「いや」

「じゃ、早く帰らないと。
 ノート写しただけじゃ、点数とれないし」

「あぁ、うん」

「これから、要点を暗記していかないと」

「……」

2人で買った飲み物を抱えて
部屋に戻る。

知ってた? 私の方が
1本多く、ジュース持ってるんだよ?

私はこんなにも
あなたのことを想っている。

あなたのことを、嫌ってなんかないし
話すときには、確かにちょっと
まだ身構えてるかもしれないけど
もっともっと、自然に普通に
話せるようになりたい。

「本当に、勉強だけがしたかったの?」

「だって、テスト近いし
 勉強しないと」

「そうか、ありがとう。助かったよ」

ありがとう、酒井大明神
ありがとう、みんな
高品質のノートを前にしたみんなの姿勢が
勉強しようという雰囲気を高めてくれた。

私だって役に立てる。
この人に、それが分かってもらえて
よかった。
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