いちごのきもち
§36:ステージの上と下
愛美と2人で駆け込んだ体育館、
もうとっくに開会式は始まっている。
中には、会場を埋め尽くすたくさんの人たち
「では、最後に、
実行委員長から、挨拶です」
ステージの上から、あの人の声。
「行こう」
体育館、会場の最後尾、
目の前に広がるのは
並んだパイプ椅子と、出席者の頭が
波打つ海のように立ちはだかる。
私は、愛美の手を引いた。
その瞬間の、強い抵抗感、
私の手を、愛美は静かに振り払う。
「もう、いいよ」
挨拶のために壇上に上がった委員長と大きな拍手
そのステージの端に、あの人は立っている。
「大希のことは、好きだよ
好きだけど、よく分かんなくなっちゃった」
学園祭、実行委員長の、テンプレな挨拶。
違う、私が聞きたいのは
そんなことじゃない。
「なんか、私の想像してた恋愛と、ちょっと違ったみたい」
「なにが、どう違ったの?」
「そんなこと、聞かれても分かんないよ」
愛美は、そう言って笑う。
「なんかね、もういっかなーって、思っちゃった」
会場に拍手が響く。あの人の声が聞こえる。
「では、第64回、
水上高校学園祭の始まりです!」
わき上がる歓声と拍手。
この学校では、学園祭の開幕を
紙吹雪で祝う、伝統行事がある。
「なんで? 何を言ってんの?」
愛美の口が動くいた。
だけど、その声は小さすぎて、私の耳まで届かない。
体育館を覆い尽くす、軽快な吹奏楽部の生演奏と、紙吹雪。
「みなみってさぁ、大希のこと、
好きなんでしょ?」
「うん」
私は、愛美からそう言われることに
誰よりも、誇りを感じている。
今だから、じゃなくて
きっと、私自身が、愛美のことを
ちょっとでも好きになれたから。
「頑張って。
私は、応援出来ないけど」
愛美は、最後に微笑んで
私に背を向けた。
式典の終わった会場は、人の出入りが激しい。
愛美はその人混みに流されて、
体育館の外へと押し出されていく。
「待って!」
離れた指先は、もう愛美には届かない。
私はもみくちゃにされながら、
体育館の奥へと流されて消えていく。
雑踏と、ファンファーレ
それは、他のどんな音楽にも代えがたい、
私たちへの応援歌
「あれ? 開会式、見に来てたの?」
ようやく人混みから逃れた私に、
ステージから降りたこの人は、声をかける。
「見に、来たけど
間に合わなかったみたい」
「あぁ、そうなんだ」
なんで今、私が涙目になっているのか
そんな不思議そうな顔で、どれだけ見られても
多分一生この人には、その理由は分からないだろう。
「そんなに、見たかったの?」
この人は、そんな私を心配してくれている。
だけど私は、ゆっくりと、大きく、首を真横に振った。
「う~ん、どうしよう」
ステージでは、午後からのイベントに備えた
会場の整備がすでに始まっていた。
「とりあえず、一樹とか、
紗里奈ちゃん探そっか」
歩き出したこの人の歩調に合わせて
私の足も動かそう。
そうすることだけが、ここから出て行く
唯一の方法。
「それか、松永か、酒井の方がいい?」
そう言って、にやりと笑った。
多分一生この人には、
私の気持ちは分からない。