ぜんぶ抱きしめて。〜双子の月とキミ〜
「台風の目に入ったんだよ。さ、チャイムが鳴ったら一斉に下校だぞ」
台風の目か。じゃあ目に入っているうちに帰った方がいいよね。傘持ってないし。置き傘もないし。
穂香と教室を出ると、想史が廊下の壁にもたれるようにして立っていた。
「よ。えらいことになったな」
暴風警報が出たら、サッカー部ももちろんお休み。肩から提げたスポーツバッグが心なしか寂しそうに見えた。
「いいね、想史くん。彼女を嵐から守ってあげるのね。王子様ね」
穂香に肘でつつかれても嫌な顔をせず余裕で微笑む想史。
「うん。またいつ雨が降るかわからないから。風はまだ強いし」
窓の外でごうごうと風が鳴っている。スカートの下にジャージを履いて帰ろうとする自転車通学の女の子もけっこういるみたい。普段は校則で禁止されているけど、今日はどの先生も咎めはしなかった。
「よし。そなたに私の可愛い瑠奈を頼む。では、さらばじゃ!」
芝居がかった口調でふざける穂香。下駄箱を出た瞬間から家が逆方向なので別れてしまう。仕方ないけど、少し心配。
「気をつけてねーっ」
大きい声で言うと、穂香はにこやかに手を振って歩きだした。強い風が、そのスカートを揺らしていた。
朔がいれば、無理やりにでも家まで送らせていったのに。そんなことを考えてしまう。