ぜんぶ抱きしめて。〜双子の月とキミ〜
「……え……!?」
顔を伝う雨水を拭って驚いた。横断歩道の向こうの人影が、一瞬だけどはっきり見えたからだ。その姿は、手足が長くて日に焼けていた。黒く短い髪で、黒いメガネをしている。
「朔……」
なぜか病院の検査着のようなものを着ただけの朔が、じっとこちらを見ている。何かを訴えかけようとしているように思えるのに、その口は開かない。
どうして朔がこんなところに。名前を呼ぼうとした瞬間、信号が青に変わった。想史に引かれてまた走る。朔がいたはずのところには、誰も立っていなかった。
いったい何だったんだろう。幻覚? どうしてこんなときに朔の幻覚なんか……。
後ろを何度か振り返りながら走るうち、ある場所にたどり着いた。今は使われなくなった資材置き場のような場所だ。
「本当は立入禁止だけど、非常事態だ」
想史に引かれ、人気のない敷地に入り込む。そこはロープも柵もされていなかった。中には何に使うのか全くわからないけど丸太や金属のワイヤーやゴムチューブが雑に置かれている。そして敷地の隅に、ちょうど人が入れるくらい太い土管が横に置かれていた。
「はやく、おいで」
想史がその中に入っていくので、私もハイハイする赤ちゃんのような姿勢で後に続く。こんなこと、子供の頃もしたことなかった。