七夕の夜
出会い
七月七日、七夕。夏が始まり、風鈴が歌う。
少し早い夏祭りが催された。
わたし、七瀬夏姫は浴衣を着て、二人のクラスメイトと夜の夏祭りに来ている。
「トイレいってくる、まってて」
「うん、いってらっしゃい」
「転ぶなよー」
わたしは人混みをかき分けて、トイレに行く。
わたしがトイレから戻ると、そこに二人の姿は無かった。
わたしが戻る場所を間違えたのか、あるいは二人が移動したのか。
電話やLINEをしても、返事がない。
はぐれてしまった。
二人を探す。
人混みをかき分ける時に、足が引っ掛かり転んでしまう。
「痛い……」
二人ともはぐれるし、転ぶし、なんだか嫌な一日だ。
七夕なのに……。
「大丈夫ですか?」
声に顔を上げると、手が差し伸べられていた。
「あ、ありがとうございます」
少し裏返った声で、返事をする。
「あれ?七瀬さん」
顔を見ると、同じクラスの笹川晴彦だった。
「笹川くんも、来てたんだ」
笹川くんは浴衣を着ている。浴衣じゃなくて、じんべえっていうのかな。
「うん。笹川くんも一人?」
「うん、バイトで出店の手伝いしてるんだ」
「そうなんだ……わたし、加奈子と優花と来たんだけど、はぐれちゃって、電話もLINEも返事なくてさ」
なんだか一気に話してしまった。はぐれて返事もないのが心細いのもある。トイレに行って、はぐれたことは言わなかった。
同じ一人なのに、笹川くんは出店の手伝いをしていて、わたしは夏祭りを楽しめもせずに一人でフラフラしているのが恥ずかしかった。
だから聞かれてないのに状況を説明してしまったんだ、きっと。
「一緒に探そうか?」
わたしが困った顔をしているのを見て、笹川くんはそういってくれたんだろう。
「でも、出店のお手伝いがあるんでしょ?」
期待交じりに少し遠慮する。
「そうだね」
えっ?
「オヤジさん、休憩いれます」
笹川くんは、すぐ近くの屋台に声をかける。
「おう、よく働いてくれたからな、少し休め」
笹川くんにオヤジさんと呼ばれた人は、よく通る声で返事をした。
「行こうか」
「うん」
申し訳なさそうな顔をしたが、少しほっとする。
わたしと笹川くんは歩きだした。
太鼓の音が響きだす。
人の動きが速くなり、わたしは人混みに流されそうになる。
「七瀬さん!」
笹川くんは、わたしの名前を呼び、わたしの手をつかんだ。
わたしは笹川くんの手をにぎり、流されそうな人混みから抜けだす。
「ありがとう」
わたしはもう、二人を探すことよりも、今が続けばいいと思っていた。
「手、はなすね」
笹川くんが手をはなそうとする。
「もう少し、このままでいい?」
わたしは笹川くんの手を少し強く握った。
「……うん」
笹川くんは少し照れた顔をして、返事をする。
わたしと笹川くんは歩きだす。
お互い言葉にはしないけど、加奈子と優花を探すのは止めて、わたしと笹川くんの二人で七夕の夏祭りを楽しみだした。
なんだか、心が通じ合った気がする。
金魚すくいとか、射撃ゲームとか、本当はあんまり好きじゃないけど、笹川くんと二人だからかな、すごく楽しい。
わたあめとか、焼きそばも、去年よりもずっと美味しく感じる。
「そろそろ花火、はじまるね」
そっか、もうそんな時間か。あっというまだったな。
花火が夜空を彩りだす。
「きれいだね」
「うん」
花火はきれいだった。
わたしは時々、笹川くんをチラリと見る。
浴衣から覗く笹川くんの首筋や鎖骨が、彼の黒髪と合わさって色気を醸し出す。
花火の打ち上げが終わり、巨大な笹の木に人が集まる。
祭りの主催者から短冊とペンが配られた。
わたしは短冊に願い事を書いて、係りの人に渡す。
笹川くんも、願い事を書いて係りの人に渡している。
「七瀬さん、なんて書いた?」
「秘密。笹川くんは?」
「じゃあ、僕も秘密」
わたしと笹川くんは笑い合う。
夏祭りは終わってしまった。
「家まで送るよ」
笹川くんの厚意に甘えて、わたしの家まで二人で歩く。
時が流れることを寂しく思う。
「きれいだね」
笹川くんがつぶやく。
「え?」
「ほら、天の川」
「ほんとだ」
花火は終わったけれど、夏の夜空をきらめく星々が、天の川となってわたし達を照らす。
「今日は七夕だから、織姫と彦星が天の川を渡って再会するんだ」
笹川くんも、ロマンチックなことをいうんだなあ、とわたしは思った。
「恋人なのに、遠く離ればなれになるのって、悲しいね。再会しても、また離れなきゃだめだなんて」
もっと遠い家なら良かったな、そしたらもっと、笹川くんと一緒にいられるのに。
「七瀬さん」
笹川くんがわたしの名前を呼ぶ。
「なに?」
「好きだ」
えっ?
「えっ?」
心の声は澄んでいるのに、わたしの口からは裏返った声が出た。
「今日、七瀬さんと一緒にいて楽しかった。もっと一緒にいたいと思った。離れたくない」
笹川くんが、わたしをそっと抱きしめる。
「僕の恋人になってください」
わたしの耳元で、笹川くんが優しい声でささやく。
「はい……」
わたしの目から、涙が零れ落ちた。
わたしだけじゃなかったんだ。
わたしと同じことを笹川くんも思ってくれてたんだ。
嬉しかった。
わたしも笹川くんを抱きしめる。
わたしと笹川くんは、再会した織姫と彦星のように抱きしめ合い、そしてキスをした。
願い、叶ったよ。
――――風が笹の葉と短冊を揺らす。
≪笹川くんと仲良くなれますように≫
≪七瀬さんと仲良くなれますように≫
少し早い夏祭りが催された。
わたし、七瀬夏姫は浴衣を着て、二人のクラスメイトと夜の夏祭りに来ている。
「トイレいってくる、まってて」
「うん、いってらっしゃい」
「転ぶなよー」
わたしは人混みをかき分けて、トイレに行く。
わたしがトイレから戻ると、そこに二人の姿は無かった。
わたしが戻る場所を間違えたのか、あるいは二人が移動したのか。
電話やLINEをしても、返事がない。
はぐれてしまった。
二人を探す。
人混みをかき分ける時に、足が引っ掛かり転んでしまう。
「痛い……」
二人ともはぐれるし、転ぶし、なんだか嫌な一日だ。
七夕なのに……。
「大丈夫ですか?」
声に顔を上げると、手が差し伸べられていた。
「あ、ありがとうございます」
少し裏返った声で、返事をする。
「あれ?七瀬さん」
顔を見ると、同じクラスの笹川晴彦だった。
「笹川くんも、来てたんだ」
笹川くんは浴衣を着ている。浴衣じゃなくて、じんべえっていうのかな。
「うん。笹川くんも一人?」
「うん、バイトで出店の手伝いしてるんだ」
「そうなんだ……わたし、加奈子と優花と来たんだけど、はぐれちゃって、電話もLINEも返事なくてさ」
なんだか一気に話してしまった。はぐれて返事もないのが心細いのもある。トイレに行って、はぐれたことは言わなかった。
同じ一人なのに、笹川くんは出店の手伝いをしていて、わたしは夏祭りを楽しめもせずに一人でフラフラしているのが恥ずかしかった。
だから聞かれてないのに状況を説明してしまったんだ、きっと。
「一緒に探そうか?」
わたしが困った顔をしているのを見て、笹川くんはそういってくれたんだろう。
「でも、出店のお手伝いがあるんでしょ?」
期待交じりに少し遠慮する。
「そうだね」
えっ?
「オヤジさん、休憩いれます」
笹川くんは、すぐ近くの屋台に声をかける。
「おう、よく働いてくれたからな、少し休め」
笹川くんにオヤジさんと呼ばれた人は、よく通る声で返事をした。
「行こうか」
「うん」
申し訳なさそうな顔をしたが、少しほっとする。
わたしと笹川くんは歩きだした。
太鼓の音が響きだす。
人の動きが速くなり、わたしは人混みに流されそうになる。
「七瀬さん!」
笹川くんは、わたしの名前を呼び、わたしの手をつかんだ。
わたしは笹川くんの手をにぎり、流されそうな人混みから抜けだす。
「ありがとう」
わたしはもう、二人を探すことよりも、今が続けばいいと思っていた。
「手、はなすね」
笹川くんが手をはなそうとする。
「もう少し、このままでいい?」
わたしは笹川くんの手を少し強く握った。
「……うん」
笹川くんは少し照れた顔をして、返事をする。
わたしと笹川くんは歩きだす。
お互い言葉にはしないけど、加奈子と優花を探すのは止めて、わたしと笹川くんの二人で七夕の夏祭りを楽しみだした。
なんだか、心が通じ合った気がする。
金魚すくいとか、射撃ゲームとか、本当はあんまり好きじゃないけど、笹川くんと二人だからかな、すごく楽しい。
わたあめとか、焼きそばも、去年よりもずっと美味しく感じる。
「そろそろ花火、はじまるね」
そっか、もうそんな時間か。あっというまだったな。
花火が夜空を彩りだす。
「きれいだね」
「うん」
花火はきれいだった。
わたしは時々、笹川くんをチラリと見る。
浴衣から覗く笹川くんの首筋や鎖骨が、彼の黒髪と合わさって色気を醸し出す。
花火の打ち上げが終わり、巨大な笹の木に人が集まる。
祭りの主催者から短冊とペンが配られた。
わたしは短冊に願い事を書いて、係りの人に渡す。
笹川くんも、願い事を書いて係りの人に渡している。
「七瀬さん、なんて書いた?」
「秘密。笹川くんは?」
「じゃあ、僕も秘密」
わたしと笹川くんは笑い合う。
夏祭りは終わってしまった。
「家まで送るよ」
笹川くんの厚意に甘えて、わたしの家まで二人で歩く。
時が流れることを寂しく思う。
「きれいだね」
笹川くんがつぶやく。
「え?」
「ほら、天の川」
「ほんとだ」
花火は終わったけれど、夏の夜空をきらめく星々が、天の川となってわたし達を照らす。
「今日は七夕だから、織姫と彦星が天の川を渡って再会するんだ」
笹川くんも、ロマンチックなことをいうんだなあ、とわたしは思った。
「恋人なのに、遠く離ればなれになるのって、悲しいね。再会しても、また離れなきゃだめだなんて」
もっと遠い家なら良かったな、そしたらもっと、笹川くんと一緒にいられるのに。
「七瀬さん」
笹川くんがわたしの名前を呼ぶ。
「なに?」
「好きだ」
えっ?
「えっ?」
心の声は澄んでいるのに、わたしの口からは裏返った声が出た。
「今日、七瀬さんと一緒にいて楽しかった。もっと一緒にいたいと思った。離れたくない」
笹川くんが、わたしをそっと抱きしめる。
「僕の恋人になってください」
わたしの耳元で、笹川くんが優しい声でささやく。
「はい……」
わたしの目から、涙が零れ落ちた。
わたしだけじゃなかったんだ。
わたしと同じことを笹川くんも思ってくれてたんだ。
嬉しかった。
わたしも笹川くんを抱きしめる。
わたしと笹川くんは、再会した織姫と彦星のように抱きしめ合い、そしてキスをした。
願い、叶ったよ。
――――風が笹の葉と短冊を揺らす。
≪笹川くんと仲良くなれますように≫
≪七瀬さんと仲良くなれますように≫