七夕の夜
再会
笹川晴彦は七年ぶりに生まれ故郷に帰ってきた。
社会人になってからは、日々の仕事や職場の人間関係に忙殺されている。
そんな晴彦は今日、七月七日に仕事で生まれ故郷に帰ってきたのだ。
晴彦のスマホには、地元の友人からのメッセージが幾つも届いていた。
『今度、飲みに行こうぜ』
『久々に昔の仲間で集まるか』
そんなメッセージを嬉しく思ったが、仕事が終われば明日には東京に帰らなければならない。
晴彦は昼食をとりに街を歩く。
今まで何度も歩いてきた、何の変哲もない寂びれた街並みだった。
「この街は変わらないな」
ふとつぶやいた。
東京から帰ってきた安心感と、同時に形容しがたい感情も湧き出てくる。
大都会のめまぐるしい時の流れに順応する自分を誇らしく思うと同時に、地元のゆったりとした時の流れを愛しく感じた。
「おう、晴彦。久しぶりだな」
定食屋で、店主に声をかけられる。
「お久しぶりです」
「なんだよ、ずいぶん他人行儀だな。しかし、立派になったな」
「いえ、僕なんて、まだまだですよ」
「どうだ、東京で恋人できたか?」
「全然ですね。仕事に追われっぱなしですよ」
「そうか、昔はここに彼女と来てたな」
店主の言葉に昔を思い出す。
そういえば、彼女と映画を見た後に、この店に来ていた。
今思えば、仮にもデートなのに、大衆食堂は無いな、と自嘲気味に笑う。
「おっ、やっと笑ったな」
そう言い、店主は笑った。
社会に出てから自分が長い間、作り笑い以外の笑顔を浮かべていなかったことに気づく。
久々の笑顔が自嘲の笑いとは、今の自分らしいと再び笑う。
「ごちそうさまでした」
「おう、また来な。サービスするぜ」
晴彦は社会人になる前に付き合っていた、唯一の彼女を思い出す。
彼女の名前は七瀬夏姫。明るく前向きな女性だった。
夏姫の連絡先は、もう知らない。
晴彦は夏姫と通った学校の前を通った。
何かの縁があれば、ここで夏姫と出会えると考えていた。
しかし夏姫は現れない。
当然だな、と自分に言い聞かせて、晴彦は仕事に向かう。
晴彦は仕事を終えた。太陽が沈み、夜になった。
『仕事が終わったなら、今から飲もうぜ。吉田と志村で飲んでるからさ』
旧友からメッセージが来た。
『気が向いたら行く。場所、教えて』
メッセージを返す。
『遅くなってもいいから、来いよ』
メッセージと共に、位置情報が送られてきた。
せっかくだし、飲みに行くか。晴彦は気持ちを切り替えて歩きだした。
飲み屋に向かう途中、昼間に通り過ぎた学校の前を通る。
正門の前に、人影が一つ。夜の闇に紛れてはいるが、たしかにある。
晴彦が通り過ぎようとすると、声をかけられた。
「晴彦くん……?」
七瀬夏姫だった。
「夏姫……?」
晴彦は裏返りそうな声で名前を呼んだ。
「どうしたの?久しぶりだね」
「うん、今ちょうど、仕事でこっちに戻って来ててさ。夏姫は?」
「わたしはずっと、地元で働いてたから」
「そうなんだ」
晴彦と夏姫は歩き出す。
歩きながら二人で話し合った。昔の事、今の事。
そして、晴彦と夏姫が恋人になった日の、夏祭りに行った。
「今年もやってるんだ」
「毎年やってるよ」
「そうなんだ、いつも来てたの?」
「ううん、晴彦くんとしか来たこと無いよ」
晴彦は大人になり、夏姫も大人になった。
しかしそれが、正直な気持ちを心の奥底に押し込めている。
花火が夜空を彩る。
「今日も七夕だね」
花火が終わった後、夏姫はつぶやく。
「七月七日だからね」
変なことを言うなあ、と晴彦は思った。
「そうじゃなくてさ、わたしが晴彦くんと恋人になった日も、七夕だったでしょ」
夏姫がなにを言おうとしているのか、晴彦には上手く理解できなかった。
「あの日はさ、わたし、中々言いたいことも言えなくて、晴彦くんに頼ってばっかりだった」
晴彦はあの日のことを思い出す。
「だからね、今日は言いたいことを言おうと思うの」
「なに?」
「わたし、今でも晴彦くんのことが好きだよ」
夏姫の告白に、晴彦は驚く。
「ううん、今日会って、もっともっと好きになった。織姫と彦星みたいに」
夏姫はそう言うと、少し照れた顔をした。
夏姫は晴彦をそっと抱きしめる。
「好きだよ、愛してる」
晴彦の耳元で優しくささやく。
晴彦は夏姫を強く抱きしめる。
花火は消えたが、天の川が夜空を照らす。
再会した織姫と彦星のように、夏姫と晴彦は口づけを交わした。
晴彦の中に、失っていた感情が湧き上がる。
「夏姫さん、僕と結婚してください」
夏姫は驚き、涙をこぼす。
「はい……」
織姫と彦星は、今日を境に再び別れるだろう。
しかし、夏姫と晴彦は、もう離れることは無い。
これからの人生を、ずっと二人で歩んでいくのだ。
社会人になってからは、日々の仕事や職場の人間関係に忙殺されている。
そんな晴彦は今日、七月七日に仕事で生まれ故郷に帰ってきたのだ。
晴彦のスマホには、地元の友人からのメッセージが幾つも届いていた。
『今度、飲みに行こうぜ』
『久々に昔の仲間で集まるか』
そんなメッセージを嬉しく思ったが、仕事が終われば明日には東京に帰らなければならない。
晴彦は昼食をとりに街を歩く。
今まで何度も歩いてきた、何の変哲もない寂びれた街並みだった。
「この街は変わらないな」
ふとつぶやいた。
東京から帰ってきた安心感と、同時に形容しがたい感情も湧き出てくる。
大都会のめまぐるしい時の流れに順応する自分を誇らしく思うと同時に、地元のゆったりとした時の流れを愛しく感じた。
「おう、晴彦。久しぶりだな」
定食屋で、店主に声をかけられる。
「お久しぶりです」
「なんだよ、ずいぶん他人行儀だな。しかし、立派になったな」
「いえ、僕なんて、まだまだですよ」
「どうだ、東京で恋人できたか?」
「全然ですね。仕事に追われっぱなしですよ」
「そうか、昔はここに彼女と来てたな」
店主の言葉に昔を思い出す。
そういえば、彼女と映画を見た後に、この店に来ていた。
今思えば、仮にもデートなのに、大衆食堂は無いな、と自嘲気味に笑う。
「おっ、やっと笑ったな」
そう言い、店主は笑った。
社会に出てから自分が長い間、作り笑い以外の笑顔を浮かべていなかったことに気づく。
久々の笑顔が自嘲の笑いとは、今の自分らしいと再び笑う。
「ごちそうさまでした」
「おう、また来な。サービスするぜ」
晴彦は社会人になる前に付き合っていた、唯一の彼女を思い出す。
彼女の名前は七瀬夏姫。明るく前向きな女性だった。
夏姫の連絡先は、もう知らない。
晴彦は夏姫と通った学校の前を通った。
何かの縁があれば、ここで夏姫と出会えると考えていた。
しかし夏姫は現れない。
当然だな、と自分に言い聞かせて、晴彦は仕事に向かう。
晴彦は仕事を終えた。太陽が沈み、夜になった。
『仕事が終わったなら、今から飲もうぜ。吉田と志村で飲んでるからさ』
旧友からメッセージが来た。
『気が向いたら行く。場所、教えて』
メッセージを返す。
『遅くなってもいいから、来いよ』
メッセージと共に、位置情報が送られてきた。
せっかくだし、飲みに行くか。晴彦は気持ちを切り替えて歩きだした。
飲み屋に向かう途中、昼間に通り過ぎた学校の前を通る。
正門の前に、人影が一つ。夜の闇に紛れてはいるが、たしかにある。
晴彦が通り過ぎようとすると、声をかけられた。
「晴彦くん……?」
七瀬夏姫だった。
「夏姫……?」
晴彦は裏返りそうな声で名前を呼んだ。
「どうしたの?久しぶりだね」
「うん、今ちょうど、仕事でこっちに戻って来ててさ。夏姫は?」
「わたしはずっと、地元で働いてたから」
「そうなんだ」
晴彦と夏姫は歩き出す。
歩きながら二人で話し合った。昔の事、今の事。
そして、晴彦と夏姫が恋人になった日の、夏祭りに行った。
「今年もやってるんだ」
「毎年やってるよ」
「そうなんだ、いつも来てたの?」
「ううん、晴彦くんとしか来たこと無いよ」
晴彦は大人になり、夏姫も大人になった。
しかしそれが、正直な気持ちを心の奥底に押し込めている。
花火が夜空を彩る。
「今日も七夕だね」
花火が終わった後、夏姫はつぶやく。
「七月七日だからね」
変なことを言うなあ、と晴彦は思った。
「そうじゃなくてさ、わたしが晴彦くんと恋人になった日も、七夕だったでしょ」
夏姫がなにを言おうとしているのか、晴彦には上手く理解できなかった。
「あの日はさ、わたし、中々言いたいことも言えなくて、晴彦くんに頼ってばっかりだった」
晴彦はあの日のことを思い出す。
「だからね、今日は言いたいことを言おうと思うの」
「なに?」
「わたし、今でも晴彦くんのことが好きだよ」
夏姫の告白に、晴彦は驚く。
「ううん、今日会って、もっともっと好きになった。織姫と彦星みたいに」
夏姫はそう言うと、少し照れた顔をした。
夏姫は晴彦をそっと抱きしめる。
「好きだよ、愛してる」
晴彦の耳元で優しくささやく。
晴彦は夏姫を強く抱きしめる。
花火は消えたが、天の川が夜空を照らす。
再会した織姫と彦星のように、夏姫と晴彦は口づけを交わした。
晴彦の中に、失っていた感情が湧き上がる。
「夏姫さん、僕と結婚してください」
夏姫は驚き、涙をこぼす。
「はい……」
織姫と彦星は、今日を境に再び別れるだろう。
しかし、夏姫と晴彦は、もう離れることは無い。
これからの人生を、ずっと二人で歩んでいくのだ。