檸檬の約束
一緒に暮らしてみるとおじさん・・・いや綾人はお母さんみたいだった。

昼間は会社員だけど料理好きで朝も晩も手料理を作ってくれるし、バイトに行く時にはお弁当まで持たせてくれる。

料理だけじゃなくて家事全般なんでも出来る。

「綾人ってお母さんみたい。」

「莢が何も出来なさすぎるんだ。」

「よくそれで結婚しようとしてたな。」

「結婚したら出来るって思ってたんだもん・・・。」

私が凹むと綾人はすぐにフォローを入れた。

「まぁでもよく笑うし、家庭生活は明るい方がいいし莢が奥さんでも悪くはないんじゃないか。」


綾人は話し上手で聞き上手だけど、自分の事はあまり喋らない。

気になることはいくつもある。

どうして一軒家に一人で住んでるのか。

奥さんはいないのか。

どうして私を置いてくれるのか。

だけど聞けなかった。

泡みたいな不確かで心地よい関係が、壊れてしまうのが怖かった。

「莢。」

「ご飯粒がついてる。」

「え、どこ?」

「頬の・・・あぁ、違う。」

「ほら、こっち向いて。」

綾人の手が私の頬に触れた。

月弥とは違う手に私はドキドキしてしまった。

月弥の手は指が細くて長くて・・・ピアニストみたいな手だった。

綾人の手は傷だらけでかたくて。

でも、温かい。

出会った時ただのおじさんだった綾人はいつのまにか男の人になっていた。

でも、私たちには約束した。

「互いを好きにはならない。」

テーブルにある3つの檸檬が約束の証。

檸檬がある限り私は綾人を好きになっちゃいけない。
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