Maybe LOVE【完】
「おい」
「・・・」
「おい」
「・・・」
「カナ」
「なんで私の名前知ってんの?」
朝食を食べて、ボーっとテレビを見ながら過ごす午前中。
なぜか男は私の隣に座っていて、と言ってもソファが二人掛けだから隣に座ってるわけだけど。
最初は隣に座るのはどうかと思ってフローリングに座ろうと思ったら、「冷えるから、ここ座れ」と隣に座らされた。
で、今に至るわけだけど、なぜこの男が私の名前を知ってるんだろう?
私はこの男の名前を知らないのに。
「お前、俺に携帯渡したの覚えてないのか?」
覚えてないわけじゃない。
端末暗証番号を変えたほうがいいと言われたことも覚えてる。
「昨日は俺の肩に頭を置いて全体重をあずけ、」
「それはお酒が入ってたからでしょ?!今は違うでしょ?!」
なに焦ってんだ、と笑われてイラッとする。
からかわれてるってわかってるのに素直に反応してしまった自分が嫌になる。
「お前、俺の名前知らないだろ」
いつかは突っ込まれるんじゃないかと思ってたけど、今聞かれるとは。
聞こえないフリをしていたけど、「無視すんな」と無理矢理顔を向かい合わせにされて、距離の近さにドキリとする。
しかし、それは一瞬のこと。
「カオル」
「は?」
「カオル」
「名前?」
「そう。呼んでみ?」
「なんで?」
男・・・いや、カオルは私の言葉に眉間に皺を寄せて睨んだ。
なんで用もないのに名前だけ呼ばなきゃいけないのか。それも恋人同士でもないのに向かい合って名前を呼ぶとか、どんな雰囲気作りなの。
「こっちが呼び捨てでいいって言ってやってんのに。じゃあ、カオル様って呼べ」
「意味わかんないんだけど」
「昨日、介抱した礼に俺の名前を呼べ。カオル様だ」
「礼がそれでいいなら何度でも呼んであげるわよ、カオル様」
こんな男に介抱してもらったなんて最悪だ。なんなの、この俺様男。
やっぱりあの時帰ればよかった、とまた後悔する。
昨日から今日にかけて後悔ばっかりだ。溜息は止まりそうにない。
「お前、男が嫌いだろ」
カオルの言葉に思わず全身の動きが止まる。
「なんだ、図星か?」
「なわけないでしょ」
本当は少し当たってる。
男が嫌いなわけじゃないけど、好きでもない。
昨日は本気でヤられちゃうんじゃないかって内心思ってたけど、お酒が回ったおかげでそれは免れた。
朝からヤられちゃうんじゃないかって内心思ったけど、それもなくてホッとしてた。なのに、このタイミングで私自身の話をされるなんて、予想外だ。
一応、否定はしたものの、動揺が隠し切れない私は目を逸らして俯いた。
それがカオルの言葉を認めてるって気付いたのは、俯いてから。
もう後には引けないし、突っ込まれる覚悟も出来た。だからと言って、答えるつもりもないけど。
「昨日の席でも一度も笑ってない」
「笑ってたよ」
「笑ってねぇよ」
「見てないでしょ」
「見てたから言ってんだろ」
「席も離れてたし」
「周りがどんなに話しかけても愛想笑いばっか」
何が言いたいんだろう。
この話を今して、何を聞きたいんだろう。
私が男の人をあまり好きではないことと何が関係するんだろう。
この話をするために私をこの家に泊めたんだろうか。
―――気分が悪い。