じいちゃんのハンバーグカレー
不思議な電車と今度のおやつ
お腹いっぱいになった俺は、草の上に寝転びながら、母ちゃんが弁当箱を片付けるのを見てた。
今度はなにして遊ぼうか、帰るとき、母ちゃんなんか買ってくれるかな。なんて考えながら。
「お腹いっぱいになったかい?」
母ちゃんは、弁当箱を風呂敷に包みおわると、俺に聞いた。
「うん!うまかったし、もう満腹」
「…元気になった?」
「元気だよ!まだまだ、もう一周アスレチックできるし、鬼ごっこもできるよ!」
母ちゃんは、笑って、大きく頷いた。
「母ちゃん、かくれんぼ、続きしようよ」
俺は、立ち上がって草を払った。
母ちゃんは、それには答えずに、大きく息を吸って、それからゆっくり吐いた。
さっきのかくれんぼでは、母ちゃんに見つかってばかりで、なかなか母ちゃんを見つけられなかった俺は、母ちゃんに勝ちたい気持ちでいっぱいで、母ちゃんの手を引っ張った。
「今度は負けないよ。どっちが鬼か、じゃんけんで…」
「ジロ」
言いかけた俺に、母ちゃんはそっと言った。
「かくれんぼは、おしまい。今から、駅に戻るよ」
「えーっ‼まだ遊びたいよ!このままじゃ、母ちゃんの勝ち逃げじゃん」
昼御飯を食べ終わったくらいの、まだ早い時間だ。帰るには早いだろうと、俺はふくれた。
母ちゃんは、「ごめんごめん」と言いながら、俺の頭を撫でて
「用事に遅れるといけないから、駅まで来てちょうだいよ」
と言って、風呂敷を持って立ち上がった。
俺はしぶしぶ「わかったよ」と言って、母ちゃんについて歩いた。
歩いてる途中で、黄色い小さな花を見つけて、それを母ちゃんに差し出しながら、俺は笑った。
「また今度連れてきてよ…かくれんぼの決着もつけるからね」
母ちゃんはびっくりして、それからちょっと泣きそうな顔で「ありがとう」と笑って、花を受け取った。
公園を抜けて、賑やかな商店街を通り、地下へ降りる。地下街には、大きな本屋さんや、行ったことないが、かに料理の店がある。
いつも人がたくさんいて、幼稚園フェスティバルの時なんかは、迷子にならないように、母ちゃんの手を離さないように歩いたけど、小学生になってからは一人で歩けるようになって、勝手に歩き回って母ちゃんを困らせた。
でも、その日はしっかり母ちゃんに付いていったよ。
母ちゃんは、少し安心したような顔をしてた。
他愛もないはなしをしながら、階段を上り、駅の構内に出た。
「母ちゃん、くるるんに行きたいよ」
くるるんてのは駅のそばの科学館だ。
市内の学生なら無料で遊べる。
音や光の不思議な現象が楽しくて、俺はよくくるるんに行きたがった。
母ちゃんは困ったように唇を震わせた。
「……くるるんは…また、今度行けるよ」
「じゃあ、おみやげ買おうよ。俺、ドーナツがいい。チョコのドーナツ!母ちゃんはシナモンだよね。うちに帰ったら食べようよ」
母ちゃんは、切符売り場の前でぴたりと足を止めた。
しばらく、そのままなにも言わずに肩を震わせ、大きな深呼吸をした。
「ジロ。今から、電車に乗るよ」
「電車に?どこかに行くの?」
その間に、母ちゃんはびっくりするような速さで券売機にお金を入れて、ボタンを押した。
かしゃりと音がして、切符が出てくる。
その切符を持って、自動改札を抜けた。
「母ちゃん。どこに行くの?」
俺はどこかに行くとき、切符を無くさないように、必ず母ちゃんに渡していた。
だからそのときも、無意識に母ちゃんに切符を差し出した。
いつもなら、母ちゃんは切符を財布やポケットに仕舞って、俺の手をつないで行くのに、そのとき、母ちゃんは切符を俺の手にしっかり握らせた。
「これは、ジロが持っているんだよ」
俺は、急に心配になった。
さっきまでの母ちゃんと違って、なんだか俺を突き放しているような気がして、思わず母ちゃんの手を握りしめた。
母ちゃんはその手をそっと握ったまま、俺を連れてホームへ続くエスカレーターに乗った。
見慣れた駅のホームが見えた。
昨日着いたのと逆側のホームに降り立った俺と母ちゃんは、どちらともなく、キオスクのそばのベンチに腰かけた。
「ねえ。母ちゃん。どこに行くの…?」
握ったままの俺の手に、母ちゃんの手の震えが伝わった。
「うちに、帰るよね?」
母ちゃんは頷いた。
「うちに、帰るんだよ」
「母ちゃんも、一緒だよね?」
母ちゃんは、一度うつむいて目を閉じた。
実際はそんなに長くなかったのかもしれない。
俺はどきどきする心臓を押さえるような気持ちで、母ちゃんの答えを待った。
しばらくして、ぎゅっと閉じた目を開いた母ちゃんは、もう片方の手も、俺の手に重ねて、静かな声で、一言一言、言い聞かせるように言った。
「ジロ。あんたは、家に帰るんだよ。父ちゃんと、姉ちゃん達の待ってる家に」
そこまで聞いた時、俺は、やっと思い出すことができた。
子供部屋に机が三つあったこと。
最近、だし巻き玉子ばかりたべていたこと。
ぐるりんぱや、くるるんに行った時、俺の他にも子供がいたこと。
俺には父ちゃんがいて、姉ちゃんが三人いたこと。
それから、母ちゃんが、もういないことを。
今度はなにして遊ぼうか、帰るとき、母ちゃんなんか買ってくれるかな。なんて考えながら。
「お腹いっぱいになったかい?」
母ちゃんは、弁当箱を風呂敷に包みおわると、俺に聞いた。
「うん!うまかったし、もう満腹」
「…元気になった?」
「元気だよ!まだまだ、もう一周アスレチックできるし、鬼ごっこもできるよ!」
母ちゃんは、笑って、大きく頷いた。
「母ちゃん、かくれんぼ、続きしようよ」
俺は、立ち上がって草を払った。
母ちゃんは、それには答えずに、大きく息を吸って、それからゆっくり吐いた。
さっきのかくれんぼでは、母ちゃんに見つかってばかりで、なかなか母ちゃんを見つけられなかった俺は、母ちゃんに勝ちたい気持ちでいっぱいで、母ちゃんの手を引っ張った。
「今度は負けないよ。どっちが鬼か、じゃんけんで…」
「ジロ」
言いかけた俺に、母ちゃんはそっと言った。
「かくれんぼは、おしまい。今から、駅に戻るよ」
「えーっ‼まだ遊びたいよ!このままじゃ、母ちゃんの勝ち逃げじゃん」
昼御飯を食べ終わったくらいの、まだ早い時間だ。帰るには早いだろうと、俺はふくれた。
母ちゃんは、「ごめんごめん」と言いながら、俺の頭を撫でて
「用事に遅れるといけないから、駅まで来てちょうだいよ」
と言って、風呂敷を持って立ち上がった。
俺はしぶしぶ「わかったよ」と言って、母ちゃんについて歩いた。
歩いてる途中で、黄色い小さな花を見つけて、それを母ちゃんに差し出しながら、俺は笑った。
「また今度連れてきてよ…かくれんぼの決着もつけるからね」
母ちゃんはびっくりして、それからちょっと泣きそうな顔で「ありがとう」と笑って、花を受け取った。
公園を抜けて、賑やかな商店街を通り、地下へ降りる。地下街には、大きな本屋さんや、行ったことないが、かに料理の店がある。
いつも人がたくさんいて、幼稚園フェスティバルの時なんかは、迷子にならないように、母ちゃんの手を離さないように歩いたけど、小学生になってからは一人で歩けるようになって、勝手に歩き回って母ちゃんを困らせた。
でも、その日はしっかり母ちゃんに付いていったよ。
母ちゃんは、少し安心したような顔をしてた。
他愛もないはなしをしながら、階段を上り、駅の構内に出た。
「母ちゃん、くるるんに行きたいよ」
くるるんてのは駅のそばの科学館だ。
市内の学生なら無料で遊べる。
音や光の不思議な現象が楽しくて、俺はよくくるるんに行きたがった。
母ちゃんは困ったように唇を震わせた。
「……くるるんは…また、今度行けるよ」
「じゃあ、おみやげ買おうよ。俺、ドーナツがいい。チョコのドーナツ!母ちゃんはシナモンだよね。うちに帰ったら食べようよ」
母ちゃんは、切符売り場の前でぴたりと足を止めた。
しばらく、そのままなにも言わずに肩を震わせ、大きな深呼吸をした。
「ジロ。今から、電車に乗るよ」
「電車に?どこかに行くの?」
その間に、母ちゃんはびっくりするような速さで券売機にお金を入れて、ボタンを押した。
かしゃりと音がして、切符が出てくる。
その切符を持って、自動改札を抜けた。
「母ちゃん。どこに行くの?」
俺はどこかに行くとき、切符を無くさないように、必ず母ちゃんに渡していた。
だからそのときも、無意識に母ちゃんに切符を差し出した。
いつもなら、母ちゃんは切符を財布やポケットに仕舞って、俺の手をつないで行くのに、そのとき、母ちゃんは切符を俺の手にしっかり握らせた。
「これは、ジロが持っているんだよ」
俺は、急に心配になった。
さっきまでの母ちゃんと違って、なんだか俺を突き放しているような気がして、思わず母ちゃんの手を握りしめた。
母ちゃんはその手をそっと握ったまま、俺を連れてホームへ続くエスカレーターに乗った。
見慣れた駅のホームが見えた。
昨日着いたのと逆側のホームに降り立った俺と母ちゃんは、どちらともなく、キオスクのそばのベンチに腰かけた。
「ねえ。母ちゃん。どこに行くの…?」
握ったままの俺の手に、母ちゃんの手の震えが伝わった。
「うちに、帰るよね?」
母ちゃんは頷いた。
「うちに、帰るんだよ」
「母ちゃんも、一緒だよね?」
母ちゃんは、一度うつむいて目を閉じた。
実際はそんなに長くなかったのかもしれない。
俺はどきどきする心臓を押さえるような気持ちで、母ちゃんの答えを待った。
しばらくして、ぎゅっと閉じた目を開いた母ちゃんは、もう片方の手も、俺の手に重ねて、静かな声で、一言一言、言い聞かせるように言った。
「ジロ。あんたは、家に帰るんだよ。父ちゃんと、姉ちゃん達の待ってる家に」
そこまで聞いた時、俺は、やっと思い出すことができた。
子供部屋に机が三つあったこと。
最近、だし巻き玉子ばかりたべていたこと。
ぐるりんぱや、くるるんに行った時、俺の他にも子供がいたこと。
俺には父ちゃんがいて、姉ちゃんが三人いたこと。
それから、母ちゃんが、もういないことを。