じいちゃんのハンバーグカレー
「ジロ、手を洗いなさいよ」

家に帰ると、母ちゃんは必ずそういって手を洗わせた。

手を洗った俺が台所に行くと、母ちゃんはまな板と包丁を出して水で洗ってた。

「夕飯、何がいい?」

「うーん…カレーがいいな…あ、まてよ。ハンバーグもいいなあ…どっちにしようかな」

カレーとハンバーグで悩む俺に、母ちゃんはポンと手を叩いた。

「じゃあ、ハンバーグカレーにしよう」

「えーっ。母ちゃん、そんなたくさん、作れるの?」

「大丈夫大丈夫。カレーは煮込むだけだし。ハンバーグは材料が揃えばすぐにできるよ。ただし」

母ちゃんは笑いながら、俺の鼻先をつついた。

「ジロが手伝ってくれたらね」

「やるやる!俺やるよ!」

俺は片付けや準備は好きじゃなかったが、料理の手伝いは大好きだった。
母ちゃんがやらせてくれると言って、張り切って手伝うことにしたよ。



洗った野菜をボールに入れて、母ちゃんはじゃがいもを俺に差し出した。

「ジロ、じゃがいも、皮剥いてみる?」

「やるやる!俺やる!」

「母ちゃんとジロだけだから、二個でいいね」

パチンコの軸みたいなのに刃がついた皮むき器を渡され、俺は大胆に芋の皮をむく。

「お、うまいうまい」

俺の雑な手つきを誉めながら、母ちゃんは人参の皮をむき、器用に一口大に切った。
それが終わると、玉ねぎを薄く切る。

俺はやっと皮を剥き終わった芋を切った。形は悪かったが、俺は自信満々で母ちゃんにそれを渡した。

母ちゃんは笑って、「上手にできたじゃん」って、ボールにそれをごろごろ入れた。

それから、大きな鍋に油をひいて火をつけると、さっき切った玉ねぎをドサッと入れて、俺に木べらを渡した。鍋の中では、油がぱちぱち音をたててはね、玉ねぎを薄く濡らしている。


「玉ねぎはよーく炒めるんだよ。だけど、あんまり強火でやると焦げるからね」

その間に母ちゃんは、玉ねぎをもうひとつ、今度はみじん切りにして、隣のコンロにフライパンを用意した。

「カレーを煮てる間にハンバーグを作るよ」

みじん切りの玉ねぎを炒めると、ボールにとって冷ます。これが冷めたら挽き肉と混ぜる。

その間に俺の炒める玉ねぎが、こんがりしっとり飴色になった頃、母ちゃんはやっと豚肉を鍋に入れる。
肉の色が変わったらじゃがいもと人参。よーく炒めて、水をいれる。
コンソメ、いい香りの葉っぱを入れたら、鍋がグツグツいうまで待つ。そしたら火を弱めて、そのままゆっくり煮込む。

「その間に、ハンバーグ用の玉ねぎが冷めたでしょ。そこに挽き肉、卵にパン粉、塩コショウ、仕上げにごま油を一たらし。 隠し味にすこーし砂糖」

言われた通りに、ボールに材料を入れて、両手でたねを捏ねる。
力一杯肉のたねを押したり捏ねたりしている俺を、母ちゃんは嬉しそうに見て、時々小さく頷いた。

肉を捏ねたら、両手でキャッチボールするみたいにして、空気を抜く。真ん中におへそを作ったら、いよいよフライパンに油をひいて、ハンバーグを焼くんだ。

肉の焦げるいい匂いと、油の跳ねる音を、俺はからだ一杯に感じて、思わずため息をついた。

「いい匂いだね。早く食べたいな」

「いい匂いだねえ。もう少しで焼けるからね。さ、カレーはどうなったかな?」

母ちゃんはフライパンを俺に任せ、カレーの鍋をのぞくと、野菜がとけだしたスープからコンソメの香りがぷうんと広がる。
俺が目を輝かせると、母ちゃんは俺に言い聞かせるように、カレーの鍋を見せて

「カレーのルーは、色々な種類を入れると味が複雑になって美味しいよ。」

と言いながら、何種類かのルーを割り入れて、お玉で軽くかき混ぜた。それから、冷蔵庫からソースとバターを取り出すと、子供みたいににやっと笑った。

「これが、母ちゃん流カレーの隠し味だよ」

スプーン一杯のソースと一欠片のバターがカレーの鍋にゆっくり沈んでいく。かき混ぜると、とろりとお玉からこぼれ落ちるカレーのうまそうな匂いに、俺は思わずフライパンの上のハンバーグを忘れそうになり、母ちゃんの「焦げないようにね」の一声で、あわててハンバーグをひっくり返した。

「よーし。そろそろいいかな」

母ちゃんは炊きたてご飯をカレー皿に盛り付け、よーく煮込んだカレーを丁寧に流し込んだ。
その横に、俺が焼いたハンバーグをそっと添えると、母ちゃんと俺は顔を見合わせて笑った。

「完成だね!」

「母ちゃん特製、ハンバーグカレーだよ」


俺と母ちゃんは、テーブルにカレーと麦茶を用意して、ゆっくり食事を始めた。
母ちゃんは、いつものように俺に感想を聞いた。

「美味しいかい?」

「うん!最高!」


いつもの母ちゃんのカレーと、母ちゃんのハンバーグの味だったけど、本当にうまかった。

逆上がりができたこと、鬼ごっこで母ちゃんを捕まえたこと…今日の楽しい出来事を話しながら、俺は三杯もおかわりして、満腹になった腹を抱えてため息をついた。

「あーうまかったあ」

「うまかった?…力ついたかい?」

俺は力こぶを作るように、腕を曲げて力を入れた。

「もう、筋肉もりもりだよ!東京まで走れるくらい!」

母ちゃんは自分の食器をまとめながら、ほっとしたように笑った。

「それじゃ良かった」

それから、二人で食器を洗って、いつもの場所に片付けた。

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