難攻不落な彼に口説かれたら
声を詰まらせながら頭を上げると、帽子を被って拓海は俺達の前から消えた。

「小野寺君……清掃員の仕事してたの?」

雪乃は拓海が消えた非常階段の方を見ながら俺に聞く。

「まだ監視は必要だし、お灸を据える必要があったからね」

「そっか。……ひょっとして、私のこと心配して来てくれたのかな?」

雪乃は顎に指を当て呟く。

「あいつなりに責任を感じたんだろうな」

「それにしても……」

雪乃は言葉を切ると、上目遣いに俺を睨んだ。

「刃物持ってる相手に向かってくなんて危ないよ」

苦笑しながら雪乃の肩に手を置いて謝る。

「ごめん。でも相手は女性だし、いけると思ったんだ」

怖いとは思わなかった。

あの時自分がナイフを蹴らなかったら、拓海だけでなく雪乃も怪我を負っただろう。
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