難攻不落な彼に口説かれたら
指導員が彼女じゃなかったらすぐに辞めていただろう。
雪乃先輩は、身内から厄介者扱いされていた俺に居場所を与えてくれた。
「高崎さん、ちょっと訳ありなんだ。古賀社長の知人のお嬢さんで、うちに入社する前まではストーカーされていたことが原因でずっと家に引きこもっていたらしい」
仁は俺に落ち着いた声で説明する。
ああ……だから、俺が触れるとビクッとなったり、俺の視線を避けたりしてたのか。
毎日会社に出勤するだけでも、高崎さんにとってはかなり大変なことだったに違いない。
パソコンの電源を落とすと、カバンを持って席を立つ。
仕事は連休中にやればいい。
「俺、もう帰る」
仁にそう告げてオフィスを出ようとすると、仁が俺の肩にポンと手を置いた。
「お前が古賀さんに頼まれてる仕事、俺がやっておく」
仁の手を振り払って断る。
「別にいい」
「大事な部下をフォローするのは俺の仕事だから」
仁は、俺の目を見てフッと微笑する。
その顔を見ていると、雪乃先輩の笑顔と重なって見えた。
付き合うと、雰囲気まで似てくるのだろうか?
そんなこいつが少し妬ましく、またうらやましいとも思った。
「……ありがとうございます」
素直に頭を下げて仁に礼を言うと、俺は高崎さんの後を追う。
仁が言っていたトイレに向かうと、女子トイレの灯りがついていて、すすり泣きが聞こえた。
多分高崎さんだろう。
十分程じっと彼女がトイレから出てくるのを待っていると、彼女が目を真っ赤にして出てきた。
その顔にはメガネがない。
俺に気づいた高崎さんは、気まずそうな顔をして走り去ろうとする。
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