極悪のHERO
Iroha-Side 1
Iroha-said
7月4日 午前6:00
春に比べて、 日が昇るのが早くなったとはいえ外はまだ薄暗い。
今日も仕事で帰ってきていない両親に代わり、 白露 彩葉 (しらつゆ いろは) は早朝から家事をするために早く起きる習慣がついている。
洗濯機をまわし、 朝食をとる。
「いただきまーす!」
ハムを乗せたパンと少量のサラダが朝食だった。
テレビはめざましテレビをつけている。
「うーん、 おいしい。 朝ご飯はやっぱパンだね、 コタツさん」
ペットのネコ コタツさん に話しかける彩葉。
コタツ、 という名前は彩葉がつけた名前だ。
数年前に警察官の仕事が忙しい両親が知り合いからもらってきてくれた。
「洗濯物を干したら、 学校に行く前にコタツさんにも餌あげるからね~」
朝食を摂り終え、 洗濯物を干す。
コタツに餌をあげて、 家を出る。
中学2年生のころから変わらない日常だ。
──お父さんもお母さんも毎日夜遅くまで頑張ってるなぁ。
ニュースは日々、 殺人事件やら強盗事件やらを報道している。
朝、 学校に行く前にテレビを見るたびに、 彩葉は両親のことを思った。
──別に寂しくはないけれど……。
朝食を食べ終え、 洗濯物を干し終わり、 コタツにエサをあげる。
「コタツさん~」
ゴロゴロとすり寄り、 エサを食べ始めるコタツ。
それを見ながら彩葉は思う。
寂しくなくとも、 広い家に1人きりだとなんだか居づらいものがある。
本来“帰る場所”である自宅でも、 誰もいないと思うと学校からでも帰り辛い。
別に両親にずっといてほしいというわけでもない。
彩葉は警察官の両親を誇りに思っているし、 あんな正義感の溢れる人に成りたいとも思う。
しかし、 それでも自分が結婚し、 子供ができたら、 自分のように家に1人だけという事がないようにしようと思うのも事実であった。
──まー、 うちが広すぎるんだよねー……。
制服に着替え、 支度をすます。
時計を見れば7時を回った時間だ。
始業にはかなり早い時間だが、 彩葉は早めに家を出る習慣をつけている。
何もすることのない、 ただ広いだけの家より。
誰かがいる学校の方がよっぽど彩葉にとって楽しいものだ。
「それじゃあコタツさん。 行ってきます!!」
ドアを開け、 真正面の交差路。
その瞬間ガンッという音。
黒い車。
そして────空中に跳ね上げられている金色の────“なにか”があった。
──何あれ!めっちゃ回ってる! えっ……人⁉ 人じゃな……
パニックになる彩葉の脳内とは別に、 “なにか”は着地した。
それも体操選手のような決めポーズ付きで。
「着地ィ……デデーン」
効果音を自分でいう変な男の姿だった。
── 人じゃん! ていうか、 あの制服! うちの生徒!
スラリと伸びた足。
綺麗に染められた金色の髪。
全体的に細そうだが、 猫のようなしなやかさを……
──というか、 跳ねた髪に猫背も相まってネコっぽさがすごい……
ポカーン、 と思わず見とれる。
顔は見えないが、 彩葉と同じ妙石高校の生徒であるのは間違いないだろう。
驚くべきことに、 その金髪の生徒は少し頭を掻いたかと思うと、 そのままスタスタ歩いていく。
──ちょっと……!今のどう見ても交通事故じゃん! 病院!救急車! 病院に……ってまだドアの鍵しめてなぁーい!
非現実的な状況を目撃し、 彩葉は軽いパニックになっていた。
ガチャリと鍵を閉め、 交差路を曲がったのか、 見えなくなった金髪の生徒をすぐに追う。
──少なくとも頭は打っていないようだし、 救急車を呼ぶことは無いだろうけど……どう考えてもあんなに高く撥ねられたんだからどっかケガしてるかも……!
居た。 交差路を曲がってすぐのところを何やらゆったりと普通に歩いている。
「ねぇちょっと‼」
勢いよく呼び止める彩葉。
金髪の生徒はピクッと体を一瞬とめ─────また歩き出した。
──えっ無視⁉
無視された。
一瞬体を止めたのに、 また歩き出した。
ということは意図的に無視しているのは間違いないだろう。
数メートルの距離を置き、 そのまま歩きながらもう一度声をかける。
「聞こえてるんでしょ!そこの金髪の人!」
スタスタと、 今度は動きすら止めない。
むしろ、 若干加速しているようにも見える。
──えぇー……また無視ですか?
ちょっと嫌になりながらも、 車にはねられた人をそのままにしておくわけにはいかない。
撥ねられた、 というよりはやはり“打ちあがった”という表現の方がやはり正しい気もするが───更にいうなら、 あの見事な着地で怪我をしているとは考えられないが───それでも『正しきは正しく』と彩葉は考える。
交通事故の被害者を病院へ。
それが『正しいこと』である限り。
「ねぇってば!」
ピクンッと金髪の学生の寝癖が動く。
──反応があるっていうのに!振り向かないっ! 絶対に聞こえてるのに!
流石に身長差があるから肩をつかんで振り向かせるとか、 服をつかんで動きを止めるだとかは無理そうだ。
金髪の学生は目測で170cmを超えているのに対し、 彩葉の身長は155cm程度。
声をかけ続けて振り向いてもらうしか、 彩葉に手段はなかった。
「聞こえてるじゃない! 車に轢かれたんだから病院に行かないと!」
その声に合わせて金髪の学生は少し歩く速度を落として
「……ちゃんと着地しましたからァ……お構いなくゥ……」
と、 こちらを向かずに答えた。
──なんていうか、 語尾の伸ばし方がものスッゴイ怠そう……
「もう!そういう問題じゃないの!」
ツカツカと少し歩く速度を上げて、 手を伸ばす彩葉。
──振り向かせることはできないけど、 せめて止まって話を……
「あァ゛ン? もう面倒くせェなァ!」
金髪の学生の制服、 腰のあたりに手が届きそうなところで急に振り向かれてしまった。
完全に目が合っている。
金髪の学生の瞳は、 まるで“私”を見ていない。
目が合っているのに、 その瞳に“私”は写っていない。
発している言葉は見た目通りの不良なのに……
服装はどこにでもいる普通の学生なのに……
──まるで死人の瞳だ
目に隈があるわけでもない。
顔つきが普通じゃない訳でもない。
ただ、 その瞳は生きている人の輝きがない。
彩葉は思わず絶句した。
“こんな人がこの世にいるなんて”
と。
「なんなんですかァ? お前はァ! 知り合いでもなさそうなんですけどォ?」
金髪の学生の言葉でハッとした。
そして同時に彼の言葉を聞いて分かった。
──これは言葉だけだ、 絶対。 この人は怒ってない……
睨んでいるその目に“怒り”は無い。
──この金髪さんが何者なのかは……とりあえず置いておこう
気を取り直す彩葉。
「確かに私は知り合いじゃないけど、 車に轢かれたような人を、 見て見ぬふりはできないの!その制服を見た感じうちの学校の男子生徒ね」
勢いよく制服を指さす。
普段『指をさす』という行為を彩葉はしない。
しかし、 彼の目をみて思わずオーバーアクションになっていた。
先輩だったら失礼だなぁ、 と自分の中の冷静な部分は思っているが
身体がうまく言う事を聞かない。
「……そうですけどォ? 妙石高校に通ってますけどォ? だからなんだァ? カカカッ! 保健室にでも連れて行く気かァ? この俺を?」
──スッゴイ悪い人相だ……あ、 『保健室』! そうだ、 あそこには霖先生がいる!
保健室、 という言葉を金髪の学生から聞いてハッとする彩葉。
病院へ行かずとも『妙石高校保健室』がある。
そこに『住んでいる』と形容してもいいレベルで常駐している女医 霖 理香は医療免許を持つプロの医者でありながら保健室の先生をしている。 もっというなら彼女は心理学、 精神医学、 薬学etc. おおよそ普通の『保健の先生』からは逸脱した免許の数々を所有しているという。
──霖先生なら!
「そのとおり!」
自分でもナイスアイデアだと思う。 4月に入学して以来、 まだ3か月程度しかたっていないが、 理香の能力の高さは十分に知っている。
学校までは“たかだか”のこり数百メートルだろう。
それなら一度引っ張ってしまえば連れていけるかもしれない。
──よし!
ギュッと金髪の学生の手を取りグイと引く。
思った以上に軽い。
いや、 男性の中でも小柄とは言えないこの金髪の学生に対して『軽い』という表現を使うのはいかがなものかとも思うが、 軽く感じる。
身体に全く力が入っていない。
抵抗を一切していない。
まるでキャスターの付いた椅子を磨かれ極まった廊下で滑らせている感じだ。
──保健室へレッツゴー!
金髪の学生の“死人のような瞳”のことも気になるが、 とりあえずは交通事故の件だ。
学校まで残り数百メートル。 速度を緩めることなく小走りで向かう。
─────────
────
──
7月4日 午前6:00
春に比べて、 日が昇るのが早くなったとはいえ外はまだ薄暗い。
今日も仕事で帰ってきていない両親に代わり、 白露 彩葉 (しらつゆ いろは) は早朝から家事をするために早く起きる習慣がついている。
洗濯機をまわし、 朝食をとる。
「いただきまーす!」
ハムを乗せたパンと少量のサラダが朝食だった。
テレビはめざましテレビをつけている。
「うーん、 おいしい。 朝ご飯はやっぱパンだね、 コタツさん」
ペットのネコ コタツさん に話しかける彩葉。
コタツ、 という名前は彩葉がつけた名前だ。
数年前に警察官の仕事が忙しい両親が知り合いからもらってきてくれた。
「洗濯物を干したら、 学校に行く前にコタツさんにも餌あげるからね~」
朝食を摂り終え、 洗濯物を干す。
コタツに餌をあげて、 家を出る。
中学2年生のころから変わらない日常だ。
──お父さんもお母さんも毎日夜遅くまで頑張ってるなぁ。
ニュースは日々、 殺人事件やら強盗事件やらを報道している。
朝、 学校に行く前にテレビを見るたびに、 彩葉は両親のことを思った。
──別に寂しくはないけれど……。
朝食を食べ終え、 洗濯物を干し終わり、 コタツにエサをあげる。
「コタツさん~」
ゴロゴロとすり寄り、 エサを食べ始めるコタツ。
それを見ながら彩葉は思う。
寂しくなくとも、 広い家に1人きりだとなんだか居づらいものがある。
本来“帰る場所”である自宅でも、 誰もいないと思うと学校からでも帰り辛い。
別に両親にずっといてほしいというわけでもない。
彩葉は警察官の両親を誇りに思っているし、 あんな正義感の溢れる人に成りたいとも思う。
しかし、 それでも自分が結婚し、 子供ができたら、 自分のように家に1人だけという事がないようにしようと思うのも事実であった。
──まー、 うちが広すぎるんだよねー……。
制服に着替え、 支度をすます。
時計を見れば7時を回った時間だ。
始業にはかなり早い時間だが、 彩葉は早めに家を出る習慣をつけている。
何もすることのない、 ただ広いだけの家より。
誰かがいる学校の方がよっぽど彩葉にとって楽しいものだ。
「それじゃあコタツさん。 行ってきます!!」
ドアを開け、 真正面の交差路。
その瞬間ガンッという音。
黒い車。
そして────空中に跳ね上げられている金色の────“なにか”があった。
──何あれ!めっちゃ回ってる! えっ……人⁉ 人じゃな……
パニックになる彩葉の脳内とは別に、 “なにか”は着地した。
それも体操選手のような決めポーズ付きで。
「着地ィ……デデーン」
効果音を自分でいう変な男の姿だった。
── 人じゃん! ていうか、 あの制服! うちの生徒!
スラリと伸びた足。
綺麗に染められた金色の髪。
全体的に細そうだが、 猫のようなしなやかさを……
──というか、 跳ねた髪に猫背も相まってネコっぽさがすごい……
ポカーン、 と思わず見とれる。
顔は見えないが、 彩葉と同じ妙石高校の生徒であるのは間違いないだろう。
驚くべきことに、 その金髪の生徒は少し頭を掻いたかと思うと、 そのままスタスタ歩いていく。
──ちょっと……!今のどう見ても交通事故じゃん! 病院!救急車! 病院に……ってまだドアの鍵しめてなぁーい!
非現実的な状況を目撃し、 彩葉は軽いパニックになっていた。
ガチャリと鍵を閉め、 交差路を曲がったのか、 見えなくなった金髪の生徒をすぐに追う。
──少なくとも頭は打っていないようだし、 救急車を呼ぶことは無いだろうけど……どう考えてもあんなに高く撥ねられたんだからどっかケガしてるかも……!
居た。 交差路を曲がってすぐのところを何やらゆったりと普通に歩いている。
「ねぇちょっと‼」
勢いよく呼び止める彩葉。
金髪の生徒はピクッと体を一瞬とめ─────また歩き出した。
──えっ無視⁉
無視された。
一瞬体を止めたのに、 また歩き出した。
ということは意図的に無視しているのは間違いないだろう。
数メートルの距離を置き、 そのまま歩きながらもう一度声をかける。
「聞こえてるんでしょ!そこの金髪の人!」
スタスタと、 今度は動きすら止めない。
むしろ、 若干加速しているようにも見える。
──えぇー……また無視ですか?
ちょっと嫌になりながらも、 車にはねられた人をそのままにしておくわけにはいかない。
撥ねられた、 というよりはやはり“打ちあがった”という表現の方がやはり正しい気もするが───更にいうなら、 あの見事な着地で怪我をしているとは考えられないが───それでも『正しきは正しく』と彩葉は考える。
交通事故の被害者を病院へ。
それが『正しいこと』である限り。
「ねぇってば!」
ピクンッと金髪の学生の寝癖が動く。
──反応があるっていうのに!振り向かないっ! 絶対に聞こえてるのに!
流石に身長差があるから肩をつかんで振り向かせるとか、 服をつかんで動きを止めるだとかは無理そうだ。
金髪の学生は目測で170cmを超えているのに対し、 彩葉の身長は155cm程度。
声をかけ続けて振り向いてもらうしか、 彩葉に手段はなかった。
「聞こえてるじゃない! 車に轢かれたんだから病院に行かないと!」
その声に合わせて金髪の学生は少し歩く速度を落として
「……ちゃんと着地しましたからァ……お構いなくゥ……」
と、 こちらを向かずに答えた。
──なんていうか、 語尾の伸ばし方がものスッゴイ怠そう……
「もう!そういう問題じゃないの!」
ツカツカと少し歩く速度を上げて、 手を伸ばす彩葉。
──振り向かせることはできないけど、 せめて止まって話を……
「あァ゛ン? もう面倒くせェなァ!」
金髪の学生の制服、 腰のあたりに手が届きそうなところで急に振り向かれてしまった。
完全に目が合っている。
金髪の学生の瞳は、 まるで“私”を見ていない。
目が合っているのに、 その瞳に“私”は写っていない。
発している言葉は見た目通りの不良なのに……
服装はどこにでもいる普通の学生なのに……
──まるで死人の瞳だ
目に隈があるわけでもない。
顔つきが普通じゃない訳でもない。
ただ、 その瞳は生きている人の輝きがない。
彩葉は思わず絶句した。
“こんな人がこの世にいるなんて”
と。
「なんなんですかァ? お前はァ! 知り合いでもなさそうなんですけどォ?」
金髪の学生の言葉でハッとした。
そして同時に彼の言葉を聞いて分かった。
──これは言葉だけだ、 絶対。 この人は怒ってない……
睨んでいるその目に“怒り”は無い。
──この金髪さんが何者なのかは……とりあえず置いておこう
気を取り直す彩葉。
「確かに私は知り合いじゃないけど、 車に轢かれたような人を、 見て見ぬふりはできないの!その制服を見た感じうちの学校の男子生徒ね」
勢いよく制服を指さす。
普段『指をさす』という行為を彩葉はしない。
しかし、 彼の目をみて思わずオーバーアクションになっていた。
先輩だったら失礼だなぁ、 と自分の中の冷静な部分は思っているが
身体がうまく言う事を聞かない。
「……そうですけどォ? 妙石高校に通ってますけどォ? だからなんだァ? カカカッ! 保健室にでも連れて行く気かァ? この俺を?」
──スッゴイ悪い人相だ……あ、 『保健室』! そうだ、 あそこには霖先生がいる!
保健室、 という言葉を金髪の学生から聞いてハッとする彩葉。
病院へ行かずとも『妙石高校保健室』がある。
そこに『住んでいる』と形容してもいいレベルで常駐している女医 霖 理香は医療免許を持つプロの医者でありながら保健室の先生をしている。 もっというなら彼女は心理学、 精神医学、 薬学etc. おおよそ普通の『保健の先生』からは逸脱した免許の数々を所有しているという。
──霖先生なら!
「そのとおり!」
自分でもナイスアイデアだと思う。 4月に入学して以来、 まだ3か月程度しかたっていないが、 理香の能力の高さは十分に知っている。
学校までは“たかだか”のこり数百メートルだろう。
それなら一度引っ張ってしまえば連れていけるかもしれない。
──よし!
ギュッと金髪の学生の手を取りグイと引く。
思った以上に軽い。
いや、 男性の中でも小柄とは言えないこの金髪の学生に対して『軽い』という表現を使うのはいかがなものかとも思うが、 軽く感じる。
身体に全く力が入っていない。
抵抗を一切していない。
まるでキャスターの付いた椅子を磨かれ極まった廊下で滑らせている感じだ。
──保健室へレッツゴー!
金髪の学生の“死人のような瞳”のことも気になるが、 とりあえずは交通事故の件だ。
学校まで残り数百メートル。 速度を緩めることなく小走りで向かう。
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