「先生、愛してる」


寂しげな表情で先生が言う。先生でも、そんなことを思うことがあるのかと少し喜ばしい気持ちになった。


「どうしたんですか。らしくないですよ」


ふふっと声を出して笑う。すると不思議そうに先生が問うた。


「妙に嬉しそうに笑うね」


「ごめんなさい。先生でもそんな風に心配事なんてするんだと思ったら、何だか可愛らしくて」


すると、先生は眉を顰めて答えた。


「あまり僕をからかうんじゃない」


それを聞いて、私はまた笑った。いつも冷静で隙がない先生にも、こんな一面があったのかと思うと可笑しくて堪らない。


しかし、すぐに抑える。


「大丈夫。私はどこへも行きませんよ。少なくとも、今がある限りは。先生も言っていたじゃないですか」


「…そうだね」


お互いにきっと、関係が壊れる日を、壊さなければならない日を恐れている。いつになるやも知れぬそれを、常に背後に構えていなければならない。
そうでないと、事後ではきっと自我が保てなくなってしまうだろうから。


「もう、帰る時間じゃないのか」


腕時計を見ながら、先生が言った。私も壁に掲げられた時計を見る。最終下校時刻の十七時が迫ってきているようだった。


「そう、みたいですね」


いつも感じる名残惜しさを胸に呟いた。窓から見えた空は、まるで絵の具を溶かしたように、オレンジ色のキャンバスの上で暗い藍色がぼやけていた。それは暖かな温もりから離れ、冷めていくような────今の自分自身のことを表しているようで、一層寂しさが増した。


帰宅の準備を済ませ、読書スペースからはなれる。先生が図書室の扉の前まで見送ってくれた。


「それじゃあまたあした、先生」


「またあした」


ガラガラと扉が閉まっていく。最後まで先生の見える部分を追うために、私はそこで立ち尽くしていた。やがて扉は音を立て、完全に閉じてしまう。無常にも二人の間を隔てる関係のように、決して触れ合えない境界線のようだ。


それを見届けると、ようやく図書室から背を向ける。長く続く階段を降り、仕方なく学校を出た。強く手を握る。誰もいない家に向けて、急激に重たくなった脚をゆっくりと動かした。












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