「先生、愛してる」
鞄の中から、既に半ページほど進んだ『月光』を取り出す。
ここまで読むと、大まかなストーリーは大体把握できるほどになってきた。
『月光』は、女教師と男子生徒の、禁断の恋を描いた物語だ。周りに悟られぬよう、そっと静かな恋愛を繰り広げている。
読みながら、まるで自分たちのようだなと思っていた。けれど、ただ一つだけ少し異なった点があるのは、この物語の二人は、お互いに"触れられる"ということだ。
必要以上に体に触れ合ったり、キスをしたり、関係の枠に囚われることなくお互いがお互いを求め合える。とても自由で、欲望に忠実な、普通の恋愛に近い恋の仕方だった。
自分自身、先生に対して禁忌を侵してまで触れ合いたいという感情は持っていない。けれど、少し羨ましいと思える部分があるのも確かな事だった。
昨日の、先生との触れない口付けのようなものを思い出してしまう。胸がどくどくと脈打ち、想像するだけで再び羞恥の感情が芽生えてくる。しかしその時、左右に頭を振って、思い出してはいけないと私は無理やり浮かんだ映像をかき消す。もしや先生も、私のようにどこか自分たちと重ね合わせて読んでいたのだろうかと思うと、少し頬が緩んだ。
そんなとき、私の前に大きな影が被さった。もう先生が来る時間が来たのかと、即座に本から顔を上げる。しかし、前に立つ人間の顔を見て、私は躊躇なくその人物を睨みつけた。
「何の用、岸田君」
「放課後、いつもここにいるの?昨日告白した時も、図書室の前だったよね」
「関係ないでしょ」
お願いだから関わらないでくれ、そんな意味合いを込めて呟いた。
「冷たいなぁ」
特に悲しそうにするわけでもなく、岸田はへらへらとして言った。