「先生、愛してる」
好きな相手がいるから──────それだけではない、とも言いたかったが、無理やり言葉を飲み込んだ。何よりも、無駄な会話をこれ以上交わしたくはなかった。
「一人で帰るから、これ以上ついてこないで」
私は冷たく言い放った。腹が立って、早足に岸田から距離を取る。
「ちょ、怒んないでよ」
慌てて岸田が私の真横につく。
「怒らせるつもりはなかったんだ」
隣で謝る岸田に、目も合わさず無言で自宅へと突き進んでいく。
確かに、"好きな人がいる"という事実を知られただけで、何をそんなに怒ることがあるのかと自分でも思う。だが、それに対して冷静に対処できるほど私も大人ではなかった。
先生と恋愛など、あまりに不埒なことをしている自覚はある。それだけに、どうにも気持ちが焦って仕方がない。もっと冷静に対処出来たら─────思うだけで実現出来るとは限らない。
「柏木さん!」
すると、岸田が手首を掴んで引き止めた。その後、しばらくお互いに無言で見つめ合う時間が流れた。何を言葉にして紡ぐべきか、頭の中でぐるぐると巡らせる。
結果、真っ先にこの沈黙を打ち破ったのは、私の方だった。
「ごめんなさい。取り乱して」
「いや、俺も悪かった。まさか怒るだなんて思ってなくて。ちょっとからかってみただけなんだ」
岸田は掴んだ手首を離す。そしてもう一度、ごめんと頭を下げた。