「先生、愛してる」
「あ、すみません」
慌てて本を閉じる。
夢中になりすぎていたせいで、先生が目の前に座ったことすらも気づかなかったようだ。先生がここにいるということは、他の生徒が帰宅を始めたのは今からもっと前のことなのだろう。その証拠に彼は"長いこと待たされた"というような表情を浮かべている。
____あぁ、やっとこの時間がやってきた。
放課後の図書室。他に生徒がいなくなった二人だけのこの時間と空間は、私にとってかけがえのない宝物ともいえるものだ。
どの生徒も教師も知らないことだが、先生には二つの顔がある。秋奈が受付カウンターで本を受け取ったときは表面上の顔で、今この時間は本当の顔だ。
表面上の先生はとても優しい。いつもにこにこ明るい笑顔を浮かべていて、誰からも愛想よく見られる完璧なまでに爽やかな男性だ。けれど本当の彼は、ずる賢くて意地悪で、そこにいるだけで息が詰まりそうになる。自分だけに見せてくれるこの時の先生が、私には愛しくて愛しくてたまらなかった。
そのために毎日こうして図書室にやって来ては、生徒がいなくなった残り時間を二人で過ごす。
「そんなに面白かった?その本」
嫌味を混ぜるように先生は言った。彼の切れ長な目が、秋奈のことをじっと見つめる。申し訳なさで目を逸らしたくなったが、その瞳は私を捉えて離さない。
「はい。とても」
仕方なく、そう答えた。しかし嘘ではない。先生の存在に気がつかないほど没頭させられていたのは事実だった。
きっと先生もそのことに勘づいている。だからこそ、こんなにも卑怯な言い方をするのだろう。
「まぁ、わからないでもないけどね」
私の手元からするりとその本を抜き取ると、先生はなにか気になることでもあったのかパラパラとページを捲り始めた。
しばらく、その様子を見ていた。
先生が、自分の読んでいた本を手にしている_____それだけでドキドキと胸が高鳴って、頬がほんのりと熱を帯びた。
「どうして、これを読もうと思ったの?」
先生が人に話しかける時にはいつも決まった特徴がある。それは相手の目の一点を凝視し、決して逸らさないとうことだ。
そういう時の先生の瞳はとても鋭い。まるで心の中まで見透かされているようで、羞恥心を覚える。体の奥底が、ゾワゾワと沸き立つようなそんな感覚だ。
「先生が読んでいたから…という理由だけでは、駄目ですか?」