「先生、愛してる」
先生がこちらを凝視する。そうやって見つめられるだけで、胸が熱くなり全身が震えあがってしまう。
「いけないことはわかっている、けれど、どうしても。どうしようもなく、私は先生に」
─────触れたい。
「秋奈!」
私が言い終わる前に、先生は言葉をかき消した。
「それ以上、何も言うな」
先生は、私が何を言おうとしていたのか恐らく理解していたようだった。
いつか二人が決めたはずの約束が頭の奥で木霊する。“求めあってしまったその時は、壊さなくてはならない”。恐れていた時が、徐々に迫って来ている。そんな気がした。
遠い背後に構えていたはずの未来は、足音を忍ばせ悪質に歩み寄り、知らないうちに手を伸ばせば届くところに立っている。そうなるための手口に、まんまと嵌められてしまっていたのだ。
そんなおぞましい想像を頭の中で思い浮かべていると、先生は急に距離を取って「仕事をしてくる」とリビングを離れていった。
─────ねぇ先生。求めるのは、そんなにいけないことですか?
聞えないはずの声を、私は去りゆく背中に向けて呟いた。
先生の階段を上る足音だけが聞こえてくる。
それはまるで、“いつか”を表わす彼の遠ざかりの音のようで、なんだか少しだけ怖くなった。