「先生、愛してる」
「もちろん、文章は美しくある方がいい。寧ろその方が評価に値するだろう。だけど、美しい文字の羅列だけでは、面白みに欠けてしまうと僕は思うんだよ」
その言葉に、頭の中で真っ先に疑問符が浮かんだ。私は、文章は常に綺麗であるべきだと思うからだ。実際、その美しい文章のおかげで今までで初めてと言っていいほど本にのめり込むことが出来た。感動を覚え、身が震える思いをした。それなのに、まだ何か足りないものがあるというのか。
先生は続けた。
「完璧すぎるものは、圧倒的な魅力を放つ。その反面で、完璧すぎるものに対応しきれていない僕たち人間の頭は、いつしかそれに気疲れしてしまうんだ」
私は黙って聞いていた。時々相槌を打ちながら、先生の声に耳を傾けた。
「つまり僕が言いたいのは、いくら言葉が美しくても、それ相応の構成力がなければ意味がない。この本は確かに美しい。だが、足りないものも確かにある」
秋奈も読み終えてみればわかるさ。と最後に先生は付け足した。
初めは分からなかった先生の論理も、最後まで聞いてようやく理解することが出来た。先生の考えていることは筋違いか、と聞かれれば、そうは思わない。寧ろ、言う通りなのかもしれないと思ったほどだ。
しかし、私の中でまた一つ疑問が浮かび上がった。
「では、この本は面白くない…ということですか?」
「完全に面白くないとは言いきれない。けれど、足りないんだ。ただそれだけだよ。とにかく最後まで読んでみるといい」
先生の答えに、私はそうですか、とだけ付け加えた。
先生の話は面白くて好きだ。いつも私を驚かせてくれる。前にも人間の心理について少し話をしてくれたことがあった。先生は昔、大学で心理学の勉強を行っていたらしくそういうことにも詳しい。
私の知らない多くを知っている先生は、憧れでもあった。心の底から尊敬している。
そのとき、先生が頰杖をつきながら私の瞳を捉えた。逃がさないとでも言うかのように、強く真っ直ぐな瞳で見つめる。