「先生、愛してる」


なんて馬鹿らしい親子関係なのだろうと、喉の奥でくくっと音を鳴らす。


かつて母からの愛が欲しいなどと思い続けていた自分が情けなく思えてきた。ただの同居人に愛を注ぐなど、初めから有り得ないことだったのだ。親からの愛など、初めから受ける資格すら持ち合わせていないらしいかった。

ここまで決定的な事実を見つけてしまうと、寧ろとても晴れやかな気分だった。どうでもいい、母親など、もうどうでもいい。


そのとき、遠くの方である人影を見つけた。その人は同じ精華高校の男性用学生服を着用し、一人でこちら側に向かって歩いて来ていた。まだ顔を識別できる距離ではないが、そのシルエットには見覚えがある。すると、向こうもこちらに気づいたようだ。

お互いに近づいて目の前まで来ると、向こうから声をかけてきた。


「柏木さん、昼休みぶりだね」


「岸田君…」


昼休みの時と変わらない、心ここに在らずというような笑みを浮かべている。目元の隈が彼の精神状態を表しているようで、見ているのが辛くなった。


「岸田君、ちょっと休んだ方がいいよ」


「…十分休んでるし、大丈夫だよ」


一瞬の間を置いて、岸田は言った。しかし私はそれを見逃さなかった。彼は自覚しているのだ。自分が変わり始めていることを。


「大丈夫なわけないじゃない。頬もこんなに痩せて、隈までつくって。何があったのか分からないけど、もっと自分を気遣ってあげるべきだよ」


その時、岸田の顔から笑みが消えた。睨むような鋭い目、下から上へ、私のことをなぞるように見る。


「な、に」


岸田の様子が一変してからたまに見せるようになったこの行為。そこにある意図はわからないが、少々の気味悪さに一歩足を引いた。


「誰のせいだと思ってんの」


「え」


瞬間、岸田が私の腕を勢いよく引っ張った。家と家の間の、一番近い細路地の奥へ連れ込まれる。悲鳴を上げたが力強く口を塞がれ、身動きが取れないよう壁に押し付けられた。背中に強い衝撃が走る。


何をされようとしているのか全く予想ができない。だが、危険であることに間違いがないことだけはわかった。

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