「先生、愛してる」
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岸田に襲われた次の日。学校に行かなくてもいい、少し休め、と先生は言ったが、私は普通に登校することにした。
本来なら、自宅で休んで精神を落ち着けるのが普通の人間が取る選択なのだろうが、私は何よりも、岸田がどうしているのかということが気になっていた。
しかし、岸田は学校には来ていなかったのだ。
あの日、岸田は付き合ってくれれば関係をバラさないでやってもいい、と言った。
しかし結局のところ、当の本人は登校すらしていないのだから、周りに先生との関係が知れ渡ることなど無かった。
何の影響を受けることもなく、驚くほど平凡に日々を送ることが出来ていた。
所詮その場しのぎの嘘だったのだと思う。もしくは、もっと時が過ぎてから本当にバラすつもりだったのかもしれないが、今となってはわからない。
なぜなら、岸田はもうこの世にはいないのだから。
岸田が殺害されたという当日の午後。私は岸田と会っていた。会っていた、というより会いに来られた、という表現の方が正しいのかもしれない。
下校途中の私の目の前に現れた彼は、制服姿でこちらに向かって佇んでいた。今度はどうやって自分を傷つけてくれるのだと胸を高鳴らせたが、岸田の手元を見て私は目を見開いた。
岸田は、手に家庭用包丁を持って私に向かって笑顔を向けていたのだ。それも、最近見せるようになった乾いた笑顔ではなく、心の底から溢れて出たような屈託のない笑顔。
一瞬にして私は思った。この人は、心中したがっているのだと。
「柏木さんが俺のものにならないのなら、無理矢理にでも一緒になってもらおうと思って」
えへへ。岸田は笑った。まるで何もおかしくないとでも言うかのように。ついに狂ってしまったのだと、一歩、岸田から遠ざかった。けれどそれに合わせて岸田も一歩、歩みを進める。一歩、そしてまた一歩と足を後方へ下げた時、私は振り返り全力で走った。
女の自分と男の岸田では運動神経も桁違いであるということは分かっていた。実力勝負など負けるに決まっていると自覚していた。けれど私は走ったのだ。追いかけてきてくれると、信じた上で。
案の定、岸田はそれを合図とするかのように走り始めた。
時間にして十秒もかからなかったと思う。
人気の少ない通りで私は呆気なく岸田に押し倒され、捕まってしまった。
岸田が私の左太ももを包丁で刺した。瞬間、悲鳴にもならないような掠れた声が喉の奥で鳴った。今までに感じたことないほどの痛みが全身を駆け抜け、頭が痺れて死んでしまいそうだった。
ひんやりとした固形物が身の中に入り込んできたのがわかる。岸田はそれを抜くと地面に置いて、倒れる私に覆いかぶさるようにして体を強く抱きしめた。
自身の身からどくどくと血液が溢れ出す。
身動きの取れなくなった私に対して、そんなことはお構い無しと言うかのように、岸田は抱擁に意識を注いでいた。
「俺、頑張ったのにな」
耳元で、岸田が零すように囁いた。
「一年のとき、柏木さんがいじめられてたのって、何でだと思う?」
彼の突然すぎるその言葉に、耳を疑った。