「先生、愛してる」



どういうこと。そうやって問う前に、岸田は答えた。


「わざと嘘の情報を、クラスの頭が悪そうな女子共に流してやったんだ。君たちのことを悪く言っている奴がいると、柏木さんがいじめられるように。そうしたら、思った以上の速さで想像通りに事が進んでくれたから驚いたよ」


太ももの痛みに耐えながら、私は岸田の口から流れる真実に耳を傾けていた。話しながら、岸田はくくっと笑う。その姿はまさに狂気同然だった。


「どこかのタイミングで、俺が柏木さんを助けに行くはずだった。ありきたりだけれど、そうやって柏木さんの意識を少しでも俺に向けさせようと思ったんだ。でも、筋書き通りにはいかなかった」


岸田の言葉を聞きながら、私はあの時のことを思い出していた。

自分をいじめていた彼女たちは、確かにクラスの中で最も短気だと思われる人たちだった。岸田の言う"頭の悪い"は恐らくそういう事だろう。
そして、岸田の筋書き通りにはいかなかった理由。それは彼女たちは、いつの間にか退学処分を受けることになっていたからだった。

岸田の希望は叶わなくなった。
だから、告白という一番無難なやり方に挑んだのだ。他に打つ手が無くなってしまったから。しかし、いじめに必死になっていた私は、彼のことを覚えてすらいなかった。


「あんな大っぴらにいじめるからいけないんだ。もっと精密に、慎重にやらないとすぐバレちゃうに決まってるのに。ほんと馬鹿だよなぁ」


そう言うと、岸田は一度地面に置いた包丁を再び手に取った。上半身を離し、私の腹部に股がるよう体勢を整える。手に取った包丁の刃先を私に対して垂直に向けた。


「でも、もういいんだ。柏木さんは今から俺と死ぬんだから」


岸田は、本当に覚悟していた。その目はこれから行われる未来を映し出し、希望に満ち溢れていた。こんな形でしか愛を得られないというのはどうしても不憫に思えたが、それもこれも応えてやれなかった自分が招いた結果なのだ。


岸田はつい最近狂い始めたんじゃない。もうずっと前から、出会う前から、根本的に"おかしな人間"だったということを知った。

自身がいじめられていたことをずっと不思議に思っていた。彼女たちに一体何をしでかしてしまったのだろうと考えていたが、考えても考えても答えが出なかった原因は岸田のせいだったのだ。やっと解決した問題に安堵し、ほっと息を吐いた。


「ねぇ岸田君」


自身に向けて刃を突き立てようとしている彼に、私は囁いた。


「そんなに私のことを想ってくれてたんだね。正直びっくりした」


一瞬、岸田の目が揺らいだ。
手元にこめられていた包丁を握る手が、ぴくりと震えたことを見逃さなかった。

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