「先生、愛してる」
家に帰ると、先生は案の定秋奈の元へ駆け寄ってひどく心配した。
この間岸田に襲われた時よりも血相を変えて慌ただしく、「なにがあった」と語りかけた。いつも余裕ぶっている先生が、こんなにも感情を露わにするのなら、自分の身などどうなってもいいとさえ思えた。
だから、平然として答えた。
「岸田君に襲われ太ももを包丁で刺されたので、自己防衛のために刺し返しました」
────恐らく、もう死んでいるでしょう。
先生は目を丸く見開いた。ふるふると手が震えているのもわかった。
先生がこんな風に取り乱す姿に、私の心は喜びで満たされる。先生は今、自分のことだけを考えてくれている。それだけで、満足だった。
本当は、自己防衛のために岸田を刺したわけではなかった。愛する生徒が殺人を犯したら、彼がどんな反応をするのか見てみたかっただけなのだ。それにしてはリスクが重すぎたが、例え自身が捕まって精神的重圧を受けたとしても、それに対して先生がどう思うのかを見てみたい。
つまり、何が起こっても私の中にデメリットなど存在しない。全ては自分の私利私欲のためだ。
先生の姿を見てほっとしてか、その場に倒れ込んだ。私の体を、先生が瞬時に受け止める。「大丈夫か」と先生の声が聞こえたが、それに答えるだけの気力はもう残っていなかった。
そのあと、先生は私をリビングまで抱え、ソファの上へ寝かせた。太ももからの出血が酷すぎることを理解したのか、先生は「すまない」と言ってスカートを捲り靴下を脱がせ、治療を施してくれた。
治療といっても、家庭内でできる最低限のものだったが、それでも止血と包帯を巻いてもらえただけで安心はできた。
しばらく休み、体の疲れも回復すると、私は先生を見て若干の不安を覚えた。
先生の感情の起伏を得るための衝動的行為だったとはいえ、罪を犯した自分を変わらず見てくれるとは限らない。思わず手の平を握りしめた。
「また、手を握っているね」
そのとき先生は言った。
何の話かと一瞬戸惑ったが、すぐにはっとなる。先生が、握った私の手に触れた。
「君の癖だ。人が手を握るのは大体は不安や緊張から来るものと言われている。今、何を思っている?」
先生が過去に心理学を専攻していたことを忘れていた。自身の胸の内を突かれ、少し目線を逸らした。