「先生、愛してる」
「幻滅、しました?」
「え?」
「私はもう、殺人犯だから」
しかし先生は、そんなことか、とくすりと笑った。
「いいや。寧ろ、前よりも愛おしい」
先生の言葉に、私は目を見開いた。驚いている、ということを察したのか、先生は笑みを浮かべたまま続けた。
「君の中の本当の君が垣間見えたようで、僕は嬉しいよ」
すると、先生を見て私も笑った。
「何度言わせればわかる。僕が君に愛想を尽かすことはないと」
「…そう、でしたね」
確かにそうだった。彼は以前に、そう告げてくれたはずだった。無意味な心配をしてしまったことを申し訳なく思う。先生自身、私の方から愛想を尽かすとは思っていない。彼はこんなにも自分を信頼してくれているというのに、自分だけ不安を抱えていることをつくづく馬鹿だなと思った。
「だから、いつまでもここにいればいい」
私は頷いた。彼の、抱擁に近い包み込むような優しさに、心が温かくなった。胸の中心から広がって、じわじわと体全体に浸透していく。
「そういえば」
私は言った。先生が、なんだ、という表情で見つめる。
「少し前に、『月光』を読み終わったんです」
その言葉に、先生はぴくりと眉を動かした。先生は、私が『月光』を取りに帰ったことを知らない。そしてその道中に岸田に襲われたという本当の経緯も、伝えていなかった。
先生は、私がどこかのタイミングで『月光』を取りに戻ったという事実だけを認識する。そのことに関して、彼は口を挟まなかった。もしかしたら、いつかそうするだろうと思っていたのかもしれない。
「先生が言っていた"何か足りない"をずっと考えていました」
先生は、ほう、と、目を細めた。かつて先生は、この本を"文は綺麗だが何か足りない気持ちになる"と言っていた。
彼に対して、私は問う。
「本当に、"描く"に近いような、美しい文字で綴られている本でした。けれど、その反面、柔軟さが失われてしまっていた。先生の言う通り、気が付けば固いという印象が残っていました。けれど、それだけじゃない」
黙ったまま、先生は表情を変えずにいた。それはまるで、次に続く言葉を待っているいうような様子だった。意思に応えるため、私は言葉を紡ぐ。